萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 炎天 / 筑摩版全集の「未發表詩篇」所収の「炎天」の別稿
炎 天
ひとり樹木によりて
あふげぱ
しげる梢の葉うらから
天がまつさをに光つて居た
足をあげて强くふめぱ
土壤にふかく根がひろごり
わたのやうにもつくりとふくらんでゐた
八月下旬の炎天
ひとり樹木にすがりついて
[やぶちゃん注:筑摩版全集の「未發表詩篇」に以下が載る。歴史的仮名遣の誤りは総てママ。□は判読不能字。
*
炎天
ひつそり ひとり樹 下に立ち 木により よ そひ
あほげぱ
しげる梢の葉うらから
天がまつさをに光つて居るた
樹の□下に足をあげて地を强くふめぱ
土壤にふかく根がひろごり
地面の下がもつくりとして、
地がわたのやうにもつくりとふくらんで居るた
八月下旬の炎天
ひとり樹木にすがりついて
おれは年年も二十八。
女を知ら抱かぬ寂しさに
春の日ひねもす 一人生くる にたえ 日の寂しさに
八月下旬の炎天を
身うちの熱に たえかね こらへかね
七月中旬
┏樹木にすがり 抱きすがりついて泣いて居た、居る
┗炎えるあがる樹木に抱きついた
*
最後の「┏」及び「┗」は私が附したもので、この二行は並置残存であることを示す。整序して見る。
*
炎天
あほげぱ
しげる梢の葉うらから
天がまつさをに光つて居た
足をあげて强くふめぱ
土壤にふかく根がひろごり
わたのやうにもつくりとふくらんで居た
おれは年も二十八。
女を抱かぬ寂しさに
┏樹木にすがりついて泣いて居た、
┗炎えあがる樹木に抱きついた
*
筑摩版の草稿で削除されたものが本篇では生きていること、表記に微妙な違いがあることから、思うに、筑摩版以前の同一の詩篇の別稿草稿と考えてよかろう。]