萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 天路巡歷
天路巡歷
おれはかんがへる
おれの長い歷史から
なにをして來たか
なにを學問したか
なにを見て來たか。
いつさいは祕密だ
だがなんて靑い顏をした奴らだ
おれの腕にぶらさがつて
蛇のやうにつるんでゐた奴らだ
おれは決して忘れない
おれの長い歷史から
あいつらは
死よりも恐ろしい祕密だ。
おれはかんがへる
そのときまるであいつらの眼が
おれの手くびにくつついてゐたことを
おれの胴體に
のぞきのがねを仕掛けた奴らだ
おれをひつぱたく
おれの力は
馬車馬のやうにひつぱたく。
そしてだんだんと
おれは天路を巡歷した
異樣な話だが
おれはじつさい 獨身者(ひとりみ)であつた。
[やぶちゃん注:「のぞきのがね」はママ。初出から「のぞきめがね」(覗き眼鏡)の誤植である。初出は大正四(一九一五)年一月号『異端』。初出形を以下に示す。
*
天路巡歷
おれはかんがへる、
おれの長い歷史から、
おれはなにをして來たか、
なにを學問したか、
なにを見て來たか。
いつさいは秘密だ、
だがなんて靑い顏をした奴らだ、
おれの腕にぶらさがつて、
蛇のやうにつるんでゐた奴らだ、
おれは决して忘れない、
おれの長い歷史から、
あいつらは、
死よりも恐ろしい秘密だ、
おれはかんがへる、
そのときまであいつらの眼が、
おれの手くびにくつゝいてゐたことを、
おれの胴體に、
のぞきめがねを仕掛けた奴らだ、
おれをひつぱたく、
おれの力は、
馬車馬のやうにひつぱたく。
そしてだんだんと、
おれは天路を巡歷した、
異樣な話だが、
おれは實際、獨身者(ひとりみ)であつた。
*
各連最終行以外に総ての行末(に読点が打たれてあること最終行は途中にも打たれてある)、「秘」「决」「實際」の字体異同を除くと、第三連二行目が「そのときまであいつらの眼が、]が大きな異同で、本篇では「そのときまるであいつらの眼が」である。ここは「まで」では微妙に同連内での続き具合に躓きが起こるので、「まるで」の初出の際の原稿の脱字或いは誤植が疑われる。]
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