萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 夢(とらうむ)
萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 夢(とらうむ)
夢(とらうむ)
あかるい屛風のかげにすわつて
あなたのしづかな寢息をきく。
香爐のかなしい烟のやうに
そこはかとたちまよふ
女性のやさしい匂ひをかんずる。
かみの毛ながきあなたのそばに
睡魔のしぜんな言葉をきく
あなたはふかい眠りにおち
わたしはあなたの夢をかんがふ
このふしぎなる情緖
影なきふかい想ひはどこへ行くのか。
薄暮のほの白いうれひのやうに
はるかに幽かな湖水をながめ
はるばるさみしい麓をたどつて
見しらぬ遠見の山の峠に
あなたはひとり道にまよふ 道にまよふ。
ああ なににあこがれもとめて
あなたはいづこへ行かうとするか
いづこへ、いづこへ、行かうとするか。
あなたの感傷は夢魔に酢えて
白菊の花のくさつたやうに
ほのかに神祕なにほひをたたふ。
[やぶちゃん注:「靑猫」からの再録であるが、「靑猫」では「とらうむ」のルビはなく、表記に微妙な違いがあり、さらに「靑猫」では詩篇末尾に「(とりとめもない夢の氣分とその抒情)」という添え書きがある。私の「萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 夢」と別ウィンドウで並べて見られたい。]
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