萩原朔太郎詩集「純情小曲集」正規表現版 女よ
女 よ
うすくれなゐにくちびるはいろどられ
粉おしろいのにほひは襟脚に白くつめたし。
女よ
そのごむのごとき乳房をもて
あまりに强くわが胸を壓するなかれ
また魚のごときゆびさきもて
あまりに狡猾にわが背中をばくすぐるなかれ
女よ
ああそのかぐはしき吐息もて
あまりにちかくわが顏をみつむるなかれ
女よ
そのたはむれをやめよ
いつもかくするゆゑに
女よ 汝はかなし。
[やぶちゃん注:初出は大正二(一九一三)年五月号『朱欒』。以下に示す。「かくはしき」はママ。老婆心乍ら、「擽ぐる」は「くすぐる」と読む。
*
女よ
うすくれなゐにくちびるはいろどられ
粉おしろいのにほひは襟脚に白くつめたし
女よ
そのゴムのごとき乳房をもて
あまりに强くわが胸を壓するなかれ
また魚のごときゆびさきもて
あまりに狡猾にわが背中をば擽ぐる勿れ
女よ
ああそのかくはしき吐息をもて
あまりに近くわが顏をみつむる勿れ
女よ
そのたはむれをやめよ
いつもかくするゆゑに
女よ、汝はかなし。
*
やはり、筑摩版全集の「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」に、本篇の草稿が載る。以下に示す。「くれない」「みつむこと」はママ。
*
女よ
うすくれないにくちびるは彩られ
粉白粉のにほひは襟脚に白くつめたし
女よ
そのゴムのごとき乳房をもて
あまりに强くわが胸を壓する勿れ
また魚のごとき指先もて
あまりに狡猾にわが背中をば擽ぐる勿れ
女よ
あゝそのかくほはしき吐息をもて
あまりに近く我が顏をみつむこと勿れ
女よ
そのたはむれをやめよ
いつもかくする故に
女よ汝は悲し
(一九二三、四、)
*]
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