萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 穴をもとむ / 筑摩版全集の「穴をもとむ」の完成原稿を誤認した断片(前半)
穴 を も と む
はれわたる空のおくふかく
いたちのごときもの住み居て
祈るがごとき形をせり、
いましまたひくき地上には
*本篇は完成してゐたと思はれるが、これ以下は原稿散逸のため知る術もない。
[やぶちゃん注:編者はかく述べているのだが、筑摩版全集の「未發表詩篇」に載る「穴をもとむ」では、以上に続く後半部が続けて存在し、しかも、それは、本底本では、次の次に出る無題詩「(堇、きんぽうげ、)」なのである。ばらばらの草稿を見た際、不幸にして、小学館の編者は、それぞれを独立した断片と見誤ったものらしい。以下に全体を示す。歴史的仮名遣の誤りはママ。
*
穴をもとむ
はれわたる空のおくふかく、
いたちのごときもの住み居て、
祈るがごとき形をせり、
いましまたひくき地上には、
菫、きんぽうげ、
うどんげの芽ばへのたぐひ、
いつさいにほなみをそらろへてしんしんたりしが、
このときくらき屋内には罪びと住みて、
あつき壁のかたへに座しつつ、
きはめてかすかなる『良心』の穴をもとめんとして焦心せり。
*
「うどんげの芽ばへ」言わずもがな、植物ではない。有翅昆虫亜綱脈翅(アミメカゲロウ)目脈翅(アミメカゲロウ)亜目クサカゲロウ科 Chrysopidae のクサカゲロウ類(本邦にはクリソトロピア属ヤマトクサカゲロウChrysoperla nipponensis やクサカゲロウ属ヨツボシクサカゲロウChrysopa pallens の他、約四十種が棲息)の卵(卵塊)である。長い卵柄を持ち、一個ずつ産みつけられる場合が多いが、種によっては卵柄をコヨリ状に絡ませた卵塊として葉や家屋の内外などに産みつけられる。先端の楕円状の卵が光に光るさま、それがぎゅっと固まってあるのは、不思議なものである(私は幼少の頃、風呂場の窓の木枠で初めて見たが、その感動は今も鮮明である)。この卵は俗に「うどんげの花」(「うどんげ」の漢字表記は「憂曇華」「優曇華」)の花と呼ばれる。これは「法華経」に出る、三千年に一度の如来の来迎とともに咲くとされる伝説上の花に由来するものである。なお、後の『萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺珠 (「動物園にて」の後に配された「詩篇編註」及び「斷片追註」)』の「斷片追註」を参照のこと。]
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