萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 寄生蟹のうた
寄生蟹のうた
潮みづのつめたくながれて
貝の齒はいたみに齲ばみ酢のやうに溶けてしまつた
ああ ここにはもはや友だちもない戀もない
渚にぬれて亡靈のやうな草を見てゐる
その草の根はけむりのなかに白くかすんで
春夜のなまぬるい戀びとの吐息のやうです。
おぼろにみえる沖の方から
船びとはふしぎな航海の歌をうたつて 拍子も高く楫の音がきこえてくる
あやしくもここの磯邊にむらがつて
むらむらとうづ高くもりあがり また影のやうに這ひまはる
それは雲のやうなひとつの心像 さびしい寄生蟹(やどかり)の幽靈ですよ。
[やぶちゃん注:「靑猫」から再録。「船人」が「船びと」となっている以外は異同はない。私の「萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 寄生蟹のうた」でちょっと朔太郎への文句の注をしてあるので参照されたい。]
« 萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 夢(とらうむ) | トップページ | 萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 野鼠 »