萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺珠 「月光と海月」・「月光と祈禱」
月光と海月
『純情小曲集』中の「愛憐詩篇」收載
月光の中を泳ぎいで
むらがるくらげを捉へんとす
手はからだをはなれてのびゆき
しきりに遠きにさしのべらる
もぐさにまつはり
月光の水にひたりて
わが身は玻璃のたぐひとなりはてしか
つめたくして透きとほるもの流れてやまざるに
たましひは凍えんとし
ふかみにしづみ
溺るるごとくなりて祈りあぐ。
かしこにここにむらがり
さ靑にふるへつつ
くらげは月光のなかを泳ぎいづ。
月 光 と 祈 禱
『詩歌』大正三年五月號(『月光と海月』原型)
月光の中を泳ぎいで
群がるくらげを捉へんとす
手は身體を放れてのびゆき
しきりに遠きにさしのべらる
藻ぐさにまつはり
月光の水にひたりて
わが身は玻璃のたぐひとなりはてしか
つめたくして透きとほるもの流れてやまざるに
たましひは凍えんとし
ふかみにしづみ
溺るるごとくなりて祈りあぐ。
『マリヤよ
はやはやわが信願を聽き屆け
翡翠のくらげを與へしめよ』
かしこにここに群がり
さあをにふるへつつ
くらげは月光のなかを泳ぎいづ。
[やぶちゃん注:「『詩歌』大正三年五月號(『月光と海月』原型)」は編者注。前掲の決定稿「月光と海月」の初出で大正三(一九一四)年五月号『詩歌』であるが、題名は「月光と祈禱」であった。但し、本引用にはかなり問題があり、正確ではない。筑摩版全集のものを以下に示す。漢字「届」はママ。
*
月光と祈禱
月光の中を泳ぎいで、
群がるくらげを捉へんとす、
手は身體(からだ)を放なれてのびゆき、
しきりに遠きにさしのべらる、
藻ぐさにまつはり、
月光の水にひたりて、
わが身は玻璃のたぐひとなりはてしか、
つめたくして透きとほるもの流れてやまざるに、
たましひは凍えんとし、
ふかみにしづみ、
溺るゝ如くなりて祈りあぐ。
『マリヤよ、
はやはやわが信願を聽き届け、
翡翠(ひすゐ)のくらげを與へしめてよ、』
……………………………
かしこにこゝに群がり、
さあをにふるへつつ、
くらげは月光のなかを泳ぎいづ。
*
読点やリーダやルビの除去・字下げ等に加えて、最も致命的なのは、マリヤへの祈りの「翡翠(ひすゐ)のくらげを與へしめてよ、」の「て」の脱落である。厳密な推敲過程を比較させることが目的である以上、これらの恣意的な変更は大きな誤謬として決定的に無効であると言わざるを得ない。残念である。なお、既に述べたが、ここで「月光と海月」の標題ポイントが小さく、後者の「月光と祈禱」のポイントのみが大きいのはママである。
なお、筑摩版全集の「習作集第九卷(愛憐詩篇ノート)」に、「月光と海月」と題した草稿がある。以下に示す。
*
月光と海月
月光の中を泳ぎいで
むらがる海月を捕へんとす
手は身體(からだ)を放れてのび行き
しきりに遠きにさしのべらる。
藻ぐさにまつはり
月光の水にひたりて
わが身は玻璃のたぐひとなりはてしか
つめたくして透きとほるもの流れてやまざるに
たましひは凍えんとし
ふかみにしづみ
溺るゝごとくなりて祀りあぐ。
………
マリヤよ
はやはやわが信願をきゝ屆け
翡翠のくらげを與へしめてよ
………
かしこにこゝにむらがり
さ靑にふるへつゝ
くらげは月光の中を泳ぎいづ。
(一九一四、三、)
*
マリヤへの祈りが鍵括弧による特異化をせずに残存しているところは、何とも言えないが、標題が決定稿の方であり、上記の初出の、直前の別草稿、或いは、直後の改稿草稿、或いは、並置残存草稿と考えられる。なお、私は二〇一三年に以上の初出と決定稿を電子化しているが、漢字表記が不全である。しかし、そこに添えた『私は個人的に朔太郎の初出に現われる執拗な読点を偏愛する。それは彼の精液のように粘着的な「舌の内在律」を確かに伝えていると感じるからである。』という感懐は句読点を消毒しえなかったことにして平然としている数多の編集者への指弾として今も変わらない。]
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