萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 (無題)(すべて憂鬱なる森の中に。) / 詩集「靑猫」所収の「恐ろしく憂鬱なる」の初期稿の標題を含む断片
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すべて恐ろしく憂鬱なる森の中に。
ああこの恐ろしいまぼろしの森の中に
しだいにひろがつてゆく憂鬱の日かげを見る
[やぶちゃん注:本断片と同一のものは筑摩版全集には見当たらないものの、これは明らかに詩集「靑猫」の「恐ろしく憂鬱なる」の極小の草稿断片と考えてよい。私の「萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 恐ろしく憂鬱なる」を見られたいが、冒頭は、
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こんもりとした森の木立のなかで
*
というロケーションの共時性があり、而して詩篇の最終行は、
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あまりに恐ろしく憂鬱なる。
*
とあって、これは「あまりに恐ろしく憂鬱なる」「こんもりとした森の木立のなか」が仮想の詩想空間という点で極めて強いフレーズの親和性が認められ、しかも、そもそもが、本編の続く二行と酷似したフレーズが、コーダ部分に出現するのである(太字は私が附した)。
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ああこの恐ろしい地上の陰影
このなまめかしいまぼろしの森の中に
しだいにひろがつてゆく憂鬱の日かげをみつめる
その私の心はばたばたと羽ばたきして
小鳥の死ぬるときの醜いすがたのやうだ
ああこのたへがたく惱ましい性の感覺
あまりに恐ろしく憂鬱なる。
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これで充分だとおもうのだが、ダメ押しで決定打を言っておくと、
実はこれは、間違いなく「恐ろしく憂鬱なる」の草稿断片であり、恐らくは、その最初期形の一つの断片であることは、はっきりしている
のである。
筑摩版全集第一巻には『草稿詩篇 靑猫』が付随し、そこの仮題して『恐ろしく憂鬱なる(本篇原稿二種五枚)』として、二種の草稿が示されているが、その第一草稿が以下なのである。「みぶひる」「きつついた」「やなましく」は「みぶるひ」「きずついた」「なやましく」の誤記。「羽ははき」「羽はばき」は衍字・濁点欠損(前者)・脱字。
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すべてを恐ろしく憂鬱なる森の中に
ああこの恐ろしいまぼろしの森の中に
しだいにひろがつてゆく憂鬱の日かげをみつめるる
私の心はみぶひるをして
醜くきつついた小鳥やうに
私の心はやなましく→いたましく 羽ばたきをして→みぶるひをして→びくびくとぢたばたと羽ははきをして
醜い小鳥のやうに 死ぬるやうに羽はばきする死ぬるときんでゆくときのやうだ
*
これを整序してみる。以上の誤記その他は、ここでは極めて特異的に、優等生然とした筑摩版全集校訂本文よろしく「消毒」しておいた。
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すべてを恐ろしく憂鬱なる森の中に
ああこの恐ろしいまぼろしの森の中に
しだいにひろがつてゆく憂鬱の日かげをみる
私の心はぢたばたと羽ばたきをして
醜い小鳥の死んでゆくときのやうだ
*
さて。本篇断片と比較されたい。
この初期形の題名と冒頭二行を抜き出し、題名の末尾に句点を附し、詩篇二行目の「みる」を「見る」と書き変えれば、本篇に早変わりする。
本篇は、思うに、この初期形断片を清書しようとした残骸ででも、あるのかも知れない。]
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