萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 懺悔
懺 悔
あるみにうむの薄き紙片に
すべての言葉はしるされたり
ゆきぐもる空のかなたに罪びとひとり
ひねもす齒がみなし
いまはやいのち凍らんとするぞかし。
ま冬を光る松が枝に
懺悔のひとの姿あり。
[やぶちゃん注:初出は大正四(一九一五)年三月号『地上巡禮』。但し、標題は「姿」。以下に初出形を示す。太字は底本(筑摩版全集)では傍点「ヽ」。誤字(「扁」)はママ。
*
姿
あるみにうむの薄き紙片に、
すべての言葉はしるされたり、
ゆきぐもる空のかなたに罪びとひとり、
ひねもす切齒なし、
いまはや生命こほらむとするぞかし。
ま冬を光る松が枝に
懺悔のひとの姿あり。
――淨罪詩扁――
*
「切齒」(せつし(せっし))には「歯を喰いしばること」の意がある。
なお、同全集の「草稿詩篇 蝶に夢む」には、本篇の草稿三種の内から二種が活字化されてあるので(孰れも無題)、以下に示す。歴史的仮名遣の誤りや誤字(「寅」は同全集は「宙」の誤字とする)や脱字らしき部分はママ。太字は同前。
*
○
あきらかなるものあらはれぬ
犯させる罪をしるせる紙片に
かゞやく銀→黃ろき罪のあるみにうむの光る薄き紙片に
すべてのことばはしるされたり
ああ汝のもし齒をやぶらば
齒より汝の骨をけづれば
骨は粉末して樹上にふらん
齒は寅に 光り 現じ
そもそも汝の手よりして發せるもの
幽にあらはれ
汝の骨肉をやぶらば骨肉にあらはれ
れきれきとして骨にもけづられ
犯せる罪はのしるし四方にあはれしぞいづ
○
あきらかなるのあらはれぬ
あるみにうむの薄き紙片に
懺悔の姿いちぢるく
すべてのことばはしるされたり
そのひとのれきれきとして齒もあらはれ
額にあらはれ
骨にきざまれ
天にあらはれ
しるしは木々にあらはれ
*
とあり、最後に編者注があって、『本稿は『月に吠える』の草稿詩篇「冬」と同じ用紙に書かれており、發想は同時で後にそれぞれ獨立したものと思われる』とあり、さらに本草稿について、『別稿には題名を「罪人姿」とし、末尾に「――淨罪詩扁〔篇〕」とある』とある。「月に吠える」の決定稿「冬」は『萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 冬』を見られたい。正規表現版では草稿は電子化していないが、今回、追加する形でそちらの注に追加しておいたので、これも見られたい。]
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