萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺珠 「冬」・「貘」
冬
『月に吠える』收載
つみとがのしるし天にあらはれ
ふりつむ雪のうへにあらはれ
木木の梢にかがやきいで
ま冬をこえて光るがに
おかせる罪のしるしよもに現はれぬ。
みよや眠れる
くらき土壤にいきものは
懴悔の家をぞ建てそめし。
[やぶちゃん注:「『月に吠える』收載」の添え辞は編者によるもの。但し、これは表記上大きな問題がある。まず、致命的なのは、「おかせる罪のしるしよもに現はれぬ。」の後、「みよや眠れる」の前に一行空けがないことである。また、感情詩社・白日社出版部共刊になる自費出版の「月に吠える」初版では、一行目から四行目及び六・七行目末に読点が打たれている点でも異なる(但し、大正一一(一九二二)年三月アルス刊の「月に吠える」の再版・昭和三(一九二八)年三月第一書房刊の「萩原朔太郞詩集」・昭和四(一九二九)年十月新潮社刊の「現代詩人全集」第九巻「萩原朔太郞集」・昭和一一(一九三六)年新潮社(同文庫収載)刊の「萩原朔太郞集」では、以上の読点が総て除去されてはいる)。私の「萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 冬」を見られたい。]
貘
『地上巡禮』大正四年三月號(「冬」原型)
あきらかなるもの現れぬ
つみとがのしるし天にあらはれ
懺悔のひとの肩にあらはれ
骨に現はれ
木木の梢に現はれいで
眞冬をこえて凍るがに
犯せる罪のしるしよもにあらはれぬ。
(淨罪詩篇)
[やぶちゃん注:「『地上巡禮』大正四年三月號(「冬」原型)」の添え辞は編者によるもの。但し、これも読点排除以外に致命的な大きな誤り――一行脱落――がある。前掲正規表現版に電子化しているが、以下に示す。
*
貘
あきらかなるもの現れぬ、
つみとがのしるし天にあらはれ、
懺悔のひとの肩にあらはれ、
齒に現はれ、
骨に現はれ、
木木の梢に現はれ出で、
眞冬をこえて凍るがに、
犯せる罪のしるしよもにあらはれぬ。
――淨罪詩扁――
*
「扁」は朔太郎の、この時期の偏執的な「篇」の誤字。読点除去は目を瞑っても、「齒に現はれ、」の脱落はひどい。極めて残念である。
なお、本篇には、他に三種の草稿(無題一篇・「所現」・「家」)とが存在する。筑摩版全集の「草稿詩篇 月に吠える」より引用する。
*
○
つみとがのしるし天にあらはれ
みよ懺悔のいのれるひとの姿にあらはれ
つみとがのしるし天にあらはれ
樹々の梢にあらはれ
光れる雪
れきれきとしてその齒にあらはれきざまれ
骨にあらはれきざまれ
樹にきざまれ
しるしは天にあらはれぬ
樹々の梢にあらはれいで
ま冬めぢのかぎり
さもしろしろを雪ふりつもり
ま冬を越えていちめんに
犯せる罪のしるし四方にあらはれぬ、
[やぶちゃん注:「さもしろしろを雪ふりつもり」の「を」はママ。「と」の誤記であろう。]
*
罪罰
所現
あきらかなるもの現れぬ
つみとがのしるし天にあらはれ
懺悔のひとの肩にあらはれ
幽にあらはれ
骨にあらはれ
木々のゆきふるなべにしらしらと
木々の梢にあらはれいで
あるみにうむの薄き紙片に
すべての言葉はしるされたり
ま冬をこゑていちめ雪ぞらに凍るがに
犯せる罪のしるしよもにあらはれぬ
――淨罪詩扁
[やぶちゃん注:「ま冬をこゑていちめ雪ぞらに凍るがに」の「こゑて」の「ゑ」、「いちめ」はママ。後者は「いちめん」の脱字であろう。「扁」はママ。]
*
家
つみとがのしるし空にあらはれ
ふりつむゆきのうへにあらはれ
凍れる魚の淮にもあらはれ
木木の梢にあらはれかがやきいで
ま冬をこえて光るがに
犯せる罪のしるしよもにあらはれぬ。
みよや眠れる
くらき土壞にいきものは
懺悔の家をぞ建てそめし。
[やぶちゃん注:「土壞」はママ。「土壤」の誤字であろう。この最後詩篇には、編者注があり、『「家」は雜誌發表(題名「貘」)から詩集刊行までの間に書かれた淸書原稿と推定される。』とある。]
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