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« 伽婢子卷之十二 大石相戰 / 卷之十二~了 | トップページ | ブログ・カテゴリ「萩原朔太郎Ⅱ」創始 »

2021/12/30

萩原朔太郎詩集 純情小曲集 正規表現版 始動 / 「珍らしいものをかくしてゐる人への序文」(室生犀星の序)・自序・「出版に際して」(萩原朔太郎)・目次・愛憐詩篇「夜汽車」

 

[やぶちゃん注:萩原朔太郎の第四詩集に当たる「純情小曲集」は大正一四(一九二五)年八月十二日に新潮社から刊行された。収録作品は「愛憐詩篇」十八篇、「鄕土望景詩」十篇で、後者には「鄕土望景詩の後に」という「鄕土望景詩」の六つの詠唱対象地についての散文詩的自解がある。

 底本は早稲田大学図書館「古典総合データベース」にある同原本初版(萩原朔太郎署名附。リンク先は一括PDF。書誌等のタイトル・ページはここ)画像を視認した。同データの画像使用は許可制であるので、表紙その他についてヴィジュアルに見て戴きたい箇所は、底本のHTML版の当該単一画像へのリンクとした(本体を包んでいるカバーも本詩集の一部として採り上げてある)。但し、最後(「鄕土望景詩の後に」の後で、萩原恭次郎の「跋」の前)に萩原朔太郎が配したモノクローム写真「前橋市街之圖」(撮影者不詳)については、参考にした所持する昭和五一(一九七六)年筑摩書房刊「萩原朔太郞全集 第二卷」にある画像を取り込み、トリミング補正して用いる。なお、加工データとして「青空文庫」の同詩集のテキスト・ファイル・データ(二〇一八年十二月十四日最終更新版・入力・kompass氏/校正・小林繁雄氏/校正・門田裕志氏)を使用させて貰った(ここの下方にある)。ここに御礼申し上げる。

 底本原本では、読点の後に有意な間隙(一字分弱)を空けたり、逆に鍵括弧が前後とも詰っていたりする版組みであるが、再現していない。また、署名内の字空けや下方インデントなどは、ブログ・ブラウザでの不具合を考えて、これも再現していない。字のポイントも相対的な感じで変化を加えたり、加えなかったりしている。また、注では、今までの詩集正規表現版と同様に初出を示し、さらに気づいた限りの、草稿も電子化する。

 ★★★なお、ブログ・カテゴリ「萩原朔太郎」の記事が一千件に近づいてきた。私の「ココログ」は一カテゴリでは千件を超えると、過去記事が表示されなくなり、カウントも増えない。萩原朔太郎の記事では、それは甚だ困るため、★「萩原朔太郎Ⅱ」★というブログ・カテゴリを新規に作ることとした。★★★20211230日始動 藪野直史】]

 

 

 

MCMXXV

 

版 出 社 潮 新

 

 

[やぶちゃん注:ここのみ実際の画像にやや似せて電子化した。本体を包んでいるカバーの表紙。地は白で、文字は赤で、背寄りに配され、全体が二重の長方形の赤罫で囲われてある。「MCMXXV」はローマ数字で刊行年の「1925」を意味する。]

 

 

純 情 小 曲 集    萩 原 朔 太 郞 著

 

[やぶちゃん注:カバー背文字。実際は縦書で詩集名は著者名よりポイントが大きい。体色が激しいが、思うに、カバー裏表紙中央の新潮社のマークも、同じく前の表紙側と同じく赤で印刷されているので、この背文字ももとは同じ赤と推定される。カバーを総て開いた画像もある。ここで先に言ってしまうが、本体の背も同じ文字列であるが、遙かに小さく、上方に布地に紙に印刷された、ゴシック体の、いかにも狭苦しく詰めたそれが、貼り付けられてある。

 

 

 純情小曲集 銅版畫入

 

         西歷一九二五年 東京版

 

[やぶちゃん注:本体表紙。縦書。詩集題名は黒い罫線で囲われてある。背から五分の一辺りまでの「平(ひら)の出」部分が、裏表紙(中央にモノクロームの新潮社のマーク)ともに、赤い布装となっている。「銅版畫入」は不審。既に注した通り、本詩集にはモノクローム写真が一葉あるだけである。或いは、詩集発行案の当初には、後の詩集「底本 靑猫」に入っているような版画を挿入する企画意図が萩原朔太郎にはあり、それがとりやめになった後、その修正(取消)が編集部に通知されず、初期原稿のままにかくなってしまったものか?

 見返しの「効き紙」も「遊び」も無地であるが、その「遊び」の右下方に萩原朔太郎の直筆サインがある。

 

 

 純 情 小 曲 集 萩 原 朔 太 郞 著

 

            新 潮 社 出 版

 

[やぶちゃん注:扉。縦書。全体が明るい水色の罫線で囲われている。

 

 

 

北原白秋氏に捧ぐ

 

[やぶちゃん注:献辞。扉の次の次であるこの左ページにある。

 以下は室生犀星による序。なお、一括版(PDF)で縦覧されたいが、本詩集の目次と詩集本文開始標題のページを除くと、総てのページの端、右ページでは右に、左ページでは左に、縦罫(上下開放)があり、その外下方につつましやかな斜体ノンブルが打たれるというお洒落な版組みとなっている。]

 

 

 珍らしいものをかくして

 ゐる人への序文

 

 萩原の今ゐる二階家から本鄕動坂あたりの町家の屋根が見え、木立を透いて赤い色の三角形の支那風な旗が、いつも行くごとに閃めいて見えた。このごろ木立の若葉が茂り合つたので風でも吹いて樹や莖が動かないとその赤色の旗が見られなかつた。

「惜しいことをしたね。」

 しかし萩原はわたしのこの言葉にも例によつて無關心な顏貌をした。

 

 或る朝、萩原は一帖の原稿紙をわたしに見せてくれた。いまから十三四年前に始めてわたしが萩原の詩をよんだときの、その原稿の綴りであつた。わたしは讀み終へてから何か言はうとしたが、それよりもわたしが受けた感銘はかなりに纖く鋭どかつたので、もう一度默つて原稿を繰りかへして讀んで見た。そしてやはり頭につうんと來る感銘が深かつた。いいフイルムを見たときにつうんとくる淚つぽい種類の快よさであつた。わたしはすぐ自分のむかしの詩を思ひ返して、萩原もいい詩をかいて永い間世に出さなかつたものだと、無關心で、無頓着げなかれの性分の中に或る奧床しさをかんじた。かれは何か絕えずもの珍らしいものを祕かにしまつてゐるやうな人がらである。

 

   五月二十一日朝   犀  星  生

 

[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。

 以下、萩原朔太郎の「自序」。下線はママ。かなり細い右傍線(最初の部分の画像を参照されたい)である。]

 

 

 自    序

 

 やさしい純情にみちた過去の日を記念するために、このうすい葉つぱのやうな詩集を出すことにした。「愛憐詩篇」の中の詩は、すべて私の少年時代の作であつて、始めて詩といふものをかいたころのなつかしい思ひ出である。この頃の詩風はふしぎに典雅であつて、何となくあやめ香水の匂ひがする。いまの詩壇からみればよほど古風のものであらうが、その頃としては相當に珍らしいすたいるでもあつた。

 ともあれこの詩集を世に出すのは、改めてその鑑賞的評價を問ふためではなく、まつたく私自身への過去を追憶したいためである。あるひとの來歷に對するのすたるぢやとも言へるだらう。

 

 「鄕土望景詩」十篇は、比較的に最近の作である。私のながく住んでゐる田舍の小都邑と、その附近の風物を咏じ、あはせて私自身の主觀をうたひこんだ。この詩風に文語體を試みたのは、いささか心に激するところがあつて、語調の烈しきを欲したのと、一にはそれが、咏嘆的の純情詩であつたからである。ともあれこの詩篇の内容とスタイルとは、私にしては分離できない事情である。

 「愛憐詩篇」と「鄕土望景詩」とは、創作の年代が甚だしく隔たるために、詩の情操が根本的にちがつてゐる。(したがつてまたその音律もちがつてゐる。)しかしながら共に純情風のものであり、咏嘆的文語調の詩である故に、あはせて一册の本にまとめた。私の一般的な詩風からみれば、むしろ變り種の詩集であらう。

 

 私の藝術を、とにかくにも理解してゐる人は可成多い。私の人物と生活とを、常に知つてゐる人も多少は居る。けれども藝術と生活とを、兩方から見てゐる知己は殆んど居ない。ただ二人の友人だけが、詩と生活の兩方から、私に親しく往來してゐた。一人は東京の詩友室生犀星君であり、一人は鄕土の詩人萩原恭次郞君である。

 この詩集は、詩集である以外に、私の過去の生活記念でもある故に、特に書物の序と跋とを、二人の知友に賴んだのである。

 

  西曆一九二四年春

    利根川に近き田舍の小都市にて 著 者

 

[やぶちゃん注:「あやめ香水」不詳。但し、「月に吠える」の「五月の貴公子」に「あやめ白粉」というのが出現する。『萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 五月の貴公子』の私の注を見られたいが、そこでは「あやめ白粉」は造語である可能性が強い。但し、そこに引用したように、『頭髪用の香油に「イリス香油(井上太兵衛商店)」』というものがあったし、現行、調べると、単子葉植物綱キジカクシ目アヤメ科 Iridaceae アヤメ属 Iris を用いた香水が外国では実際に製造されている(画家齋藤芽生氏のブログ「隠花微温室」の「イリスの香水」によれば(段落を総て繋げた)、『「28ラパウザ」というのはココ・シャネルの南仏の別荘の名だそうだ。シャネルは自分のアイリス畑を持っている。アイリス香料は世界一高価。どこかで読んだが一番高いとキロ一千万円するのだそうだ。そのアイリスをこれでもかとふんだんに使うのがシャネルの香水。No.19とか』。『根茎を三年土の中で育て、掘り起こして数年寝かせ、またそこから油脂に溶かしたり抽出したりを繰り返し、七年くらいかけてやっとアヤメのエッセンスが少量とれる』とあった。参考まで。嗅ぐことはあるまい。私の妻は大の香水嫌いで、私が唯一使っている男性化粧品はアフター・シェーブローションだけであるが、それもわざわざ無香料を選んでいるからである。

「あるひとの來歷に對するのすたるぢや」本篇の「愛憐詩篇」が、かの萩原朔太郎の中の永遠の聖少女「エレナ」への、死に至る病いとしてのノスタルジアの幻想産物であることを匂わせたもの。「エレナ」を御存じない方は、「ソライロノハナ 附やぶちゃん注 PDF縦書版」の私の注ごときものでもよろしければ、読まれんことを望む。

「鄕土の詩人萩原恭次郞君」大正末期の芸術革命の先頭に立ち、ダダイストから始めて、アナーキズムへ傾倒し、詩集「死刑宣告」で知られる萩原恭次郎(明治三二(一八九九)年~昭和一三(一九三八)年)は群馬県勢多郡南橘村(前橋市)生まれ。但し、彼は養子に行って萩原となったもので、本姓は金井であり、血縁関係はない。十三も年上の朔太郎との交友が始まったは大正五(一九一六)年の四月以降である(全集年譜を見るに、朔太郎が前橋の自宅で週一回開いていた「詩と音楽の研究会」がきっかけと思われる)。

 以下、萩原朔太郎の散文詩的出版事情自解。]

 

 

 出版に際して

 

 昨年の春、この詩集の稿をまとめてから、まる一年たつた今日、漸く出版する運びになつた。この一年の間に、私は住み慣れた鄕土を去つて、東京に移つてきたのである。そこで偶然にもこの詩集が、私の出鄕の記念として、意味深く出版されることになつた。

 鄕土! いま遠く鄕土を望景すれば、萬感胸に迫つてくる。かなしき鄕土よ。人人は私に情(つれ)なくして、いつも白い眼でにらんでゐた。單に私が無職であり、もしくは變人であるといふ理由をもつて、あはれな詩人を嘲辱し、私の背後(うしろ)から唾(つばき)をかけた。「あすこに白痴(ばか)が步いて行く。」さう言つて人々が舌を出した。

 少年の時から、この長い時日の間、私は環境の中に忍んでゐた。さうして世と人と自然を憎み、いつさいに叛いて行かうとする、卓拔なる超俗思想と、叛逆を好む烈しい思惟とが、いつしか私の心の隅に、鼠のやうに巢を食つていつた。

 

  いかんぞ いかんぞ思惟をかへさん

 

 人の怒のさびしさを、今こそ私は知るのである。さうして故鄕の家をのがれ、ひとり都會の陸橋を渡つて行くとき、淚がゆゑ知らず流れてきた。えんえんたる鐵路の涯へ、汽車が走つて行くのである。

 鄕土! 私のなつかしい山河へ、この貧しい望景詩集を贈りたい。

 

  西曆一九二五年夏

    東京の郊外にて        著 者

 

 

  純情小曲集目次

 

[やぶちゃん注:目次標題。単立独立ページである。

 以下、目次ではリーダとページ数は省略した。標題は各パートで均等割付であるが、無視した。]

 

 

珍らしいものをかく
                室生犀星
してゐる人への序文

自序

出版に際して

 

  愛 憐 詩 篇

夜汽車

こころ

女よ

旅上

金魚

靜物

蟻地獄

利根川のほとり

濱邊

綠蔭

再會

地上

花鳥

初夏の印象

洋銀の皿

月光と海月

 

  鄕 土 望 景 詩

 中學の校庭

 波宜亭

 二子山附近

 才川町

 小出新道

 新前橋驛

 大渡橋

 廣瀨川

 利根の松原

 公園の椅子

 

   鄕土望景詩の後に

 Ⅰ前橋公園

 Ⅱ大渡橋

 Ⅲ 新前橋驛

 Ⅳ小出松林

 Ⅴ波宜亭

 Ⅵ前橋中學

跋              萩原恭次郞

 

 

   純 情 小 曲 集

 

[やぶちゃん注:本文開始標題ページ。独特の太明朝活字。]

 

 

    愛 憐 詩 篇

 

[やぶちゃん注:パート標題。]

 

 

    夜 汽 車

 

有明のうすらあかりは

硝子戶に指のあとつめたく

ほの白みゆく山の端は

みづがねのごとくにしめやかなれども

まだ旅びとのねむりさめやらねば

つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや。

あまたるきにすのにほひも

そこはかとなきはまきたばこの烟さへ

夜汽車にてあれたる舌には佗しきを

いかばかり人妻は身にひきつめて嘆くらむ。

まだ山科(やましな)は過ぎずや

空氣まくらの口金(くちがね)をゆるめて

そつと息をぬいてみる女ごころ

ふと二人かなしさに身をすりよせ

しののめちかき汽車の窓より外(そと)をながむれば

ところもしらぬ山里に

さも白く咲きてゐたるをだまきの花。

 

[やぶちゃん注:本文の第一詩篇。下線は右傍線。筑摩版全集によれば、初出は大正二(一九一三)年五月号『朱欒』で、標題は「みちゆき」。この雑誌名は「ザンボア」と読む。北原白秋の編集になる文芸雑誌で、明治四四(一九一一)年十一月から大正二(一九一三)年五月まで十九冊が発行され、後期浪漫派の活躍の場となった(なお、大正七年一月に改題誌『ザムボア』が発刊されているが同年九月に廃刊している)。初出形を以下に示す。誤字或いは誤植及び歴史的仮名遣の誤りはママ。

   *

 

 みちゆき

 

ありやけのうすらあかりは

硝子戶に指のあとつめたく

ほの白みゆく山の端は

みづがねのごとくにしめやかなれども

まだ旅人のねむりさめやらねば

つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや

あまたるきニスのにほひも

そこはかとなきはまきたばこの煙さへ

夜汽車にてあれたる舌には佗しきを

いかばかり人妻は身にひきつめて嘆くらむ

まだ山科(やましな)は過ぎずや

空氣まくらの口金(くちがね)をゆるめて

そつと息をぬいてみる女ごゝろ

ふと二人悲しさに身をすりよせ

しのゝめちかき汽車の窓より外を眺むれば

ところもしらぬ山里に

さも白く咲きてゐたるおだまきの花

 

   *

なお、筑摩版全集の「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」に、「みちゆき」の草稿が載る。以下に示す。

   *

 

 汽車のみちゆき

 

ありあけのうすらあかりは

硝子戶に指のあとつめたく

ほのしらみゆく山の端は

みづがねのごとくにしめやかなれど

まだ旅人の眠りさめやらねば

つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや

甘たるきニスのにほひも

そこはかとなきはまきたばこの煙さへ

夜汽車にてあれたる舌には佗しきを

いかばかり人妻は身にしみひきつめて嘆くらん

まだ山科(しな)はすぎずや

空氣まくらの口金をゆるめて

そつと息をぬいてみる女ごゝろ

ふと二人悲しさに身をすりよせ

しのゝめ近き窓より外を眺むれば

ところも知らぬ山里に

 

さも白く咲きて居たるおだまきの花

              (一九一三、四)

 

   *

最後の「おだまき」の表記はママ。]

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