萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 (無題)(のるうゑあたりをながれゆく氷山のいただきに)
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のるうゑあたりをながれゆく氷山のいただきに
けふもまたうらがなしげの太陽がなげいてゐる
寒い寒い北國の冬の物語である
雪は遠い牧場の小川のうへにもふつてゐた
雪は遠い森の梢のうへにもふつてゐた
どこもかしこも雪にうもれてほの白く光つてゐた
雪はまたお寺の家根の上にもふりしきつてゐた
雪はまたあばらやの煙突の上にもふつてゐた
煙突の窓からまつ白い煙がむくむくともりあがつてゐた
そのときお上人はひもぢかつた
たよりない旅人のこころの上にも
おほゆきはいちどに落ちかかつたのである
[やぶちゃん注:「のるうゑ」(言わずもがなだが、ノルウェー王国(ノルウェー語:Kongeriket Norge/Noreg)のこと)、「ひもぢかつた」はママ。本篇は筑摩書房版全集では『草稿詩篇「原稿散逸詩篇」』にあるが、小学館版「萩原朔太郞全集」元版の「別册 遺稿上卷」からの転載であり、既に原稿が失われていることが判る。]
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