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2021/12/19

萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 靑空に飛び行く

 

   靑空に飛び行く

 

かれは感情に飢ゑてゐる。

かれは風に帆をあげて行く舟のやうなものだ

かれを追ひかけるな

かれにちかづいて媚をおくるな

かれを走らしめろ 遠く白い浪のしぶきの上にまで。

ああ かれのかへつてゆくところに健康がある。

まつ白な 大きな幸福の寢床がある。

私をはなれて住むときには

かれにはなんの煩らひがあらう!

私は私でここに止つてゐやう

まづしい女の子のやうに 海岸に出で貝でも拾つてゐやう

ねぢくれた松の木の幹でも眺めてゐやう

さうして灰色の砂丘に坐つてゐると

私は私のちひさな幸福に淚がながれる。

ああ かれをして遠く遠く沖の白浪の上にかへらしめろ

かれにはかれの幸福がある。

ああかくして、一羽の鳥は靑空に飛び行くなり。

 

[やぶちゃん注:「ゐやう」は総てママ。初出は大正六(一九一七)年二月号『感情』。これは、先日、公開した『萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺珠 「靑空に飛び行く」(決定稿と初出)』で電子化してあるので、そちらを見られたい。なお、筑摩版全集の『草稿詩篇 蝶を夢む』の最後には、『靑空に飛び行く(本篇原稿一種一枚)』としつつも、掲げずに、『本篇原稿の題名は「一羽の鳥は岬の上に立てり、」とある』とのみ記す。]

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