曲亭馬琴「兎園小説外集」第二 近藤氏紀事 海棠庵
○近藤氏紀事
文政九丙戌年五月十八日暮六時頃[やぶちゃん注:不定時法で午後七時頃か。]、小普請組太[やぶちゃん注:ママ。後で判るが、「太田」の略か脱字。]内藏頭支配、近藤重藏總領、冨藏儀、武州荏原郡三田村百姓半之助妻子初、一類の者、及二切害一候。右疵所左之通り。
中村八太夫御代官所
武州荏原郡三田村百姓
卽死 半 之 助【歲、五十九歲。】
左鬂頭[やぶちゃん注:「びんがしら」。]より脇へ懸、七寸程、切候疵、一ケ所。襟首、半分程、切込、疵一ケ所。脊中筋違。都合、三ケ所。
右近藤重藏抱鼠敷地面而に倒居候。
右半之助妻
卽死 よ も【歲、五十八歲。】
天窓鉢[やぶちゃん注:「あたまのはち」と訓じておく。]、七寸程、そぎ落有ㇾ之。
右半之助宅勝手口に倒居候。
右半之助惣領
林 太 郞【歲、二十九歲。】
左鬂先、五寸程、橫、切疵一ケ所。左鬂頭、二寸程、一ケ所。左股、五寸程、切疵一ケ所。都合、三ケ所。
右半之助、居間に倒居候。
右林太郞妻
卽死 ま す【歲、二十九歲。】
脊中、橫六寸程、切疵一ケ所。
右同斷、倒居申候。
葺手町與兵衞店
林太郞弟
卽死 忠 兵 衞【歲、二十五歲。】
左鬂先、四寸程、切疵一ケ所。首、半分程、切疵一ケ所。襟首、耳へ懸、七寸程、切疵二ケ所。左手首、切落し、手指、二本切落し、左鬂先、二、程、切疵一ケ所。都合、七ケ所。
右半之助召仕
別條無ㇾ之。 金 次 郞【歲、二十一歲。】
武州多摩郡野崎村
百姓卯兵衞弟
右半之助方同居
疵受不ㇾ死候。 文藏【五十二歲。】
右鬂先、三寸程、切疵一ケ所。
兼房町五人組持店
疵受不ㇾ死候。 藤助【四十歲。】
右鬂上より、耳へ懸け、そぎ疵一ケ所。
但、療養、廿一針縫候由。
同年十月六日裁許
遠島 近 藤 富 藏
富藏父
分領左京亮へ御預け
重藏三男
近 藤 重 藏
改易 重藏三男
近 藤 吉 藏【歲、五歲。】
改易 同四男
近藤 熊造【歲、三歲。】
右兩人、十五歲迄、親類、御疊奉行三浦義十郞へ被二預置一條、其筋へ可二申達一旨被二申渡一候。
申渡の覺
近 藤 富 藏
其方儀、武州三田村、父重藏、抱屋敷地境に住居候百姓半之助と、地境の儀に付、先達て重藏より吟味相願候一件、半之助、心得違の趣、相詫候に付、願下致し、其砌より、境え、出、及二惡口一、村役人より異見差加へ候へども、不二相用一、剩[やぶちゃん注:「あまつさへ」。]、狼藉にも可ㇾ及、取沙汰有ㇾ之、重藏、引移候上にては、何樣の儀、可二仕出一儀難ㇾ計、心痛之餘り、彌、及二不法一候はゞ、可二打捨一など、重藏へ咄候處、成丈、堪忍致し、若、難二捨置一不法に及候はゞ、搦可ㇾ申、萬一、手に餘り討捨候時宜に及候ても、忰は意恨含可ㇾ申候間、三人共、討果候、方に可ㇾ有之恨、と申聞候に付、何れ、和熟の取計可ㇾ致と存、以來、不法の儀、無ㇾ之樣、證文差出候はゞ、竹矢來、可ㇾ爲二取拂一旨、半之助次男忠兵衞之書面差遣、再應、申談候得共、承知不ㇾ致、當五月十八日、忠兵衞、矢來、取拂度段申聞候に付、辿も和熟は致間敷、矢來、爲二取拂一候上、手詰の談に可ㇾ及と存、勝手次第に可ㇾ致旨、及二挨拶一追々取崩し懸候に付、半之助父子三人、呼寄、只今、證文差出候樣中聞候處、矢米不ㇾ殘取崩候上ならでは、難二差出一旨申候間、是迄の不法、猶、我意の條、難二捨置一旨、乍ㇾ申、拔打に、半之助へ切付、直に林太郞へ切懸、忠兵衞、迎出候に付、家來高井庄五郞に爲二討留一、林太郞を追懸候途中、闇夜、誰共、難二見極一、文藏、藤助へ爲二手負一、半之助宅へ踏込、林太郞夫婦、幷、半之助妻をも切殺候上、重藏へは半之助親子、屋敷奧深く亂入、狼籍・惡口致し、棒を以、手向候に付、無二餘儀一及二始末一候段、取繕申聞候儀、假令、父の爲を存る共、如何樣にも取計方可ㇾ有ㇾ之所、事を設、罪もなき女子共迄、數人令二殺害一候段、殘忍の所行、其上、見分の節、有合の棒を死骸の脇へ差置、半之助持參の趣、家來に爲二申立一候段、彼是、取繕候仕形[やぶちゃん注:「しかた」。]、御旗本の忰に有ㇾ之間敷不屆之至に候。依ㇾ之、遠島被二抑付一者也。
十月
申渡の覺
近 藤 重 藏
其方儀、武州三田村抱屋敷地續に住居候百姓半之助と地境の儀に付、先達て相願候處、半之助心得違の趣、相詫候に付願下致し、其砌より、境へ竹矢來を補理候處[やぶちゃん注:「おぎなふのことはりまうしさふらふところ」。]、其後も、同人、每度、境へ出及二惡口一、剩、狼籍にも可ㇾ及取沙汰有ㇾ之、其方引移候上にては、何樣の儀、可二仕出一儀難ㇾ計と、忰富藏、心痛の餘り、彌及二不法一候はゞ、可二打捨一など申聞候に付、成丈、堪忍致し、若、難二捨置一不法に及候はゞ、搦可ㇾ申、萬一、手に餘り討捨候時宜に及候はゞ、忰、其意恨含可ㇾ申間、三人共、討果候。方に可ㇾ之恨申候故、富藏儀、心得違、手向も不ㇾ致半之助父子を始、罪もなき女子共迄、數人令二殺害一、其方へも竹矢來等、取崩、亂人狼藉の趣、申聞候を、不都合の次第、全、申僞候儀と乍ㇾ存、忰儀、無事に相濟候樣致度存、其儘、相違の屆書、差出候段、御後闇[やぶちゃん注:「御」は不審だが、「うしろぐらし」。]致し方、不屆の至に候。依ㇾ之、分部左京亮之御預け被二仰付一者也。
十月
分部左京亮家來
宍戶大次郞
外二人
小普請組太田内藏頭支配近藤重藏儀、不屆の品、有ㇾ之、主人左京亮へ御預け被二仰付一候。依ㇾ之、引渡遣間、其旨、主人へ可二中聞一。
小普請組
太田内藏頭支配
重藏三男
近藤吉藏【戌五歲。】
同人四男
近藤熊藏【戌三歲。】
父重藏儀、不屆の品、有ㇾ之に付、分部左京亮之御預け被二仰付一候。依ㇾ之、兩人儀、改易被二仰付一候。尤、十五歲迄、親類へ預置。
右親類
御疊奉行
三浦義十郞
右之通申渡、十五歲迄、預遣、其旨、其筋へ可二申達一、大久保加賀守殿、御差圖。
於二評定所一落着。近藤重藏一件、申渡書、寫。
文政九丙戊年十月六日
[やぶちゃん注:こういう地下文書は面白いが、実際の原本の判読となると、困難を極める。私は大学生の時に図書館司書資格も取得しているが、その中の「資料特論」での地下文書判読の夏の宿題を思い出す。乱心した武士が(恐らくは精神疾患で犯意は不明だったと記憶する)、一家中を惨殺した事件の現場を報告した文書であった。]
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