萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 綠蔭俱樂部
綠蔭俱樂部
都のみどりば瞳(ひとみ)にいたく
綠蔭俱樂部の行樂は
ちまたに銀をはしらしむ
五月はじめの朝まだき
街樹の下に並びたる
わがともがらの一列は
はまきたばこの魔醉より
襟脚きよき娘らをいだきしむ。
綠蔭俱樂部の行樂の
その背廣はいちやうにうす靑く
みよや都のひとびとは
手に手に白き皿を捧げもち
しづしづとはや遠近(をちこち)を行きかへり
綠蔭俱樂部の會長の
遠き畫廊を渡り行くとき。
[やぶちゃん注:「綠蔭俱樂部」なる怪しげにして在雑なものの実態は不詳。初出は大正三(一九一四)年六月号『詩歌』。以下に示す。二行目の誤植はママ。
*
綠蔭俱樂部
都のみどりば瞳(ひとみ)にいたく、
綠蔭俱榮部の行樂は、
ちまたに銀をはしらしむ、
五月上旬(はじめ)のあさまだき、
街樹の下に並びたる、
わがともがらの一列は、
はまきたばこの魔醉より、
襟脚きよき娘らをいだきしむ、
みないつしんにいだきしむ。
綠蔭俱樂部の行樂の、
その背廣はいちやうにうす靑く、
みよや都のひとびとは、
手に手に白き皿を捧げもち、
しづしづとはや遠近(をちこち)を行きかへり、
綠蔭俱樂部の會長の、
遠き𤲿廊を渡り行くとき。
*
本篇のクライマックスの「襟脚きよき娘らをいだきしむ、」の後に強調の「みないつしんにいだきしむ。」の一行が挟まれてあり、これが反転のバネとなって上手く働いて、詩想のクレッシェンドが静かにデクレッシェンドへと転じており、私はこの初出形の方がよいと感じている。
なお、筑摩版全集の『草稿詩篇 蝶を夢む』の最後には、『綠蔭俱樂部(本篇原稿一種一枚』としつつも、掲げずに、『末尾に「(大正三年五月一日)」と附記されている』とのみ記す。但し、同全集の『一九一三、九 習作集第九卷』には、以下の草稿が載る。
*
綠蔭俱樂部
都のみどりば瞳(ひとみ)にいたく
綠蔭俱榮部の行樂は
ちまたに銀をはしらしむ
五月はじめの朝まだき
街樹の下に並びたる
わが友がらの一列は
襟脚しろき娘らをいだきしむ
みないつしんにいだきしむ。
綠蔭俱樂部の行樂の
その背廣はいちようにうす靑く
みよや都のひとびとは、
手に手に白き皿を捧げもち
しづしづとはや遠近を步みいづ、
綠蔭俱樂部の會長の
遠き畫廊をすぐるときしも。
(大正三年五月一日)
*]
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