萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 見えない兇賊
見えない兇賊
兩手に兇器
ふくめんの兇賊
往來にのさばりかへつて
木の葉のやうに
ふるへてゐる奴。
いつしよけんめいでみつめてゐる
みつめてゐるなにものかを
だがかわいさうに
奴め 背後(うしろ)に氣がつかない、
背後には未知の犯罪
もうもうとしてゐる黑の板塀。
夜目にも光る
白銀(しろがね)の服を着こんだ奴
この奇體な
それでゐて
みたものもない片目の兇賊。
[やぶちゃん注:「かわいさう」はママ。初出は大正三(一九一四)年十二月号『地上巡禮』。標題は「片眼の兇賊」。以下に示す。歴史的仮名遣の誤り(「可愛そう」)はママ。
*
片眼の兇賊
兩手に兇器、
ふくめんの兇賊、
往來にのさばりかへつて、
木の葉に、
ふるへて居る奴、
いつしよけんめいでみつめて居る、
みつめて居るなにものかを、
だが可愛さうに、
奴め、うしろに氣が付かない、
背後(うしろ)には未知の犯罪、
はてしもない黑の板塀、
夜目にも光る、
白銀(しろがね)の服を着こんだ奴、
この奇體な、
それでゐて、
見たこともない片眼の兇賊。
*
筑摩版全集の「草稿詩篇 蝶を夢む」には草稿が一つ載る。以下に示す。歴史的仮名遣の誤りや誤字と思われるものは総てママ。
*
片眼の兇賊
兩手に兇器、
覆面の兇賊巨漢、
往來にのさばりかへつて、
木つ葉のやうにふるへて居る奴。
みつめて居る何者かを、
だがかわいそうに、
奴め、背後(うしろ)に氣に付かない、
背後(うしろ)には未知の犯罪、
はてしもない黑の板塀(いたべい)。
夜目(よめ)にも光る、
白銀の服を着こんだ奴、
この奇體な、
それで居て見たこともない片眼の兇賊。
*]
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