萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺珠 「動物園にて」(決定稿と初出)
動 物 園 に て
『氷島』收載
灼きつく如く寂しさ迫り
ひとり來りて園内の木立を行けば
枯葉みな地に落ち
猛獸は檻の中に憂ひ眠れり。
彼等みな忍從して
人の投げあたへる肉を食らひ
本能の蒼き瞳孔に
鐵鎖のつながれたる惱みをたえたり。
暗鬱なる日かな!
わがこの園内に來れることは
彼等の動物を見るに非ず
われは心の檻に閉ぢられたる
飢餓の苦しみを忍び怒れり。
百たびも牙を鳴らして
われの欲情するものを嚙みつきつつ
さびしき復讐を戰ひしかな!
いま秋の日は暮れ行かむとし
風は人氣なき小徑に散らばひ吹けど
ああ我れは尙鳥の如く
無限の寂寥をも飛ばざるべし。
[「たえたり」はママ(以下の初出の「耐えん」も同じ)。若干、問題がある。私の「萩原朔太郎 氷島 初版本原拠版 附・初出形 動物園にて」を参照されたいが、「瞳孔」にあるルビ「ひとみ」がなく、「暗鬱」は「暗欝」である。後者は筑摩版全集では「暗鬱」に消毒されているが、「国文学研究資料館」の「電子資料館」の「近代書誌・近代画像データベース」の原本本篇を見て戴ければ判る通り、「暗欝」が正しい。]
動 物 園 に て
『ニヒル』昭和五年二月號(「動物園にて」原型)。
灼きつく如く寂しさ迫り
一人來りて園内の木立を行けり。
枯葉みな地に落ち
猛獸は檻の中に憂ひ眠れり。
彼等みな忍從して
人の投げあたへる肉を喰らひ
本能の蒼き瞳(ひとみ)に
鐵鎖のつながれたる惱みをたへたり。
暗鬱なる日かな
わがこの園内に來れることは
彼等の動物を見るに非ず
いかんぞこの悲しきものを見るに耐へん。
われは心の檻に閉ぢられたる
飢餓の苦しみを忍び怒れり
いかんぞこの悲しきものを見るに耐へん。
百たびも牙を鳴らして
われの欲情するものを嚙み付きつつ
さびしき復讐を戰ひしかな。
今秋の日は暮れ行かんとし
風は人氣なき小徑に散りばひ吹けり。
ああその思惟を斷絕せよ
われは尙鳥の如く
無限の寂寥をも飛ばざるべし。
[やぶちゃん注:これは致命的な誤りがある。私の「萩原朔太郎 氷島 初版本原拠版 附・初出形 動物園にて」を参照されたいが、「飢餓の苦しみを忍び怒れり」の次行の「いかんぞこの悲しきものを見るに耐へん。」は一行分全部が衍字句である。]
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