萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 (無題)(TANGOおどれ、)
○
TANGOおどれ、
廣間の壁は眞鑄張りだ
みつめる酒場の床に*素の粉末を光らす
空いちめんの蜂巢蠟燭が眩惑する
爾の圓筒帽をしてまつぴるまのやうに輝やかしむる夜の世界だ
精靈電氣の淺草だ
見ろ、光る金屬の手は血だらけだ。
兄弟、
もつと、もつと、しつかり抱きついてくれ
抱きついてくれ
ああ、この哀しい、哀しい、むらさきの、醉ひどれの路を忘れるな
疾患いるみねえしよんの遠い遠い淺草の路を忘れるな。
[やぶちゃん注:「TANGO」は各字右横転横書き。「眞鑄」「おどれ」はママ。「圓筒帽」は若き日の萩原朔太郎が好んで被ったトルコ帽であろう。筑摩版全集の「未發表詩篇」に同じく無題で以下のようにある。歴史的仮名遣の誤りや誤字は総てママ。二行目・三行目の空字は漢字を忘れたための漢字表記を記した意識的欠字。前者は「眞鍮」の「鍮」のであろう。後者は筑摩版全集の校訂本文では「砒素」とする。妥当ではある。
*
○
TANGOおどれ、
廣間の壁は眞 張りだ、
みつめる酒場の床に 素の粉末を光らす、
空いちめんの蜂巢臘燭が俺をが眩惑する、
爾の圓筒帽をしてまつぴるまのやうに輝やかしむる夜の世界だ、
淺草だ精宵電氣の淺草だ、
見ろ、光る人間金屬の手は血だらけだ。
兄弟、
もつと、もつと、しつかり抱きついて吳れ、いつまでも
抱きついてくれ
ああ、この哀しい、哀しい、むらさきの、醉ひどれの路を忘れるな、
疾患いるみねえしよんの遠い遠い淺草の路を忘れるな。
*
なお、本篇は筑摩版全集の「未發表詩篇」では冒頭から四篇目に置かれてある。同パートは大正三(一九一四)年頃の制作と推定される『月に吠える』時代の草稿から、昭和一七(一九三二)年の萩原朔太郎の没後に発見された未定稿に至る、百五十九篇(他に「散文詩・詩的散文」十三篇がある)で、同定資料が乏しいものの、一応、制作年代を推定して編年で組まれてあるから、詩人としての出発直前の早期のものの一篇と考えてよい。]
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