萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 散文詩 懺悔者の姿
懺悔者の姿
懺悔するものの姿は冬に於て最も鮮明である。
暗黑の世界に於ても、彼の姿のみはくつきりと浮彫のごとく宇宙に光つて見える。
見よ、合掌せる懺悔者の背後には美麗なる極光がある。
地平を超えて永遠の闇夜が眠つて居る。
恐るべき氷山の流出がある。
見よ、祈る、懺悔者の姿。
むざんや口角より血をしたたらし、合掌し、瞑目し、むざんや天上に縊れたるものの、光る松が枝に靈魂はかけられ、霜夜の空に、凍れる、凍れる。
見よ、祈る罪人の姿をば。
想へ、流失する時劫と、闇黑と、物言はざる刹那との宇宙にありて、只一人吊されたる單位の恐怖をば、光の心靈の屍體をば。
ああ、懺悔の淚、我にありて血のごとし、肢體をしぼる血のごとし。
編註 『蝶を夢む』の「極光」は、本篇のこの部分をとり獨立せしめたものである。
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。本書「詩作品發表年譜」及び筑摩版全集の「拾遺詩篇」にある通り、大正四(一九一五)年二月号に『詩歌』に発表された詩篇であるが、初出とは四点の表記上の問題がある。全体は二〇一三年に電子化した私の「懺悔者の姿 萩原朔太郎 (正規表現版・「極光」原形)」を参照されたいが、異同を指摘しておくと、
・五行目「氷山の流出」は「氷山の流失」が、
・六行目「懺悔者の姿」は「懺悔の姿」が、
・八行目「見よ」は「みよ」が、
・九行目「宇宙」は「宙宇」が、
それぞれ正しい。これは小学館編者の注意力の散漫としか言いようがない。残念である。]
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