萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 病氣した魚介 / 筑摩版全集の「病氣した海底」或いは「病氣した魚介」(標題並存)の筑摩版が決定稿とするものの失われた別稿
病氣した魚介
魚の耳
さざえの手
ぐにやぐにやにただれたうにの肉と
くさつた海綿のはらわたから
おまへの赤い椿がべつとりと咲き
ひもくらげのうすらあかりで
らうまちすのたこが足をたべたり
靑貝の肉をたべるいやな光景
またここの淺洲には
ながいしんけいのいたむ根をくふつめた貝
光る波のあなたに
いそぎんちやくの毛はたえずうごめいてゐる。
[やぶちゃん注:筑摩版全集の「未發表詩篇」に「病氣した海底」或いは「病氣した魚介」(後部並存。以下で私が打った「*」及び「//」で挟んだ部分はその並存を示す。)という題で、以下が載る。濁点落ち(「さゝえ」)や誤打ちと脱字(抹消部「らうまず」は「らうまちす」)は総てママ。
*
病氣した*海底//魚介*
ひとでの口
魚の耳
さゝえの手
ぐにやぐにやにただれたうにの肉と
くさつた海綿のはらわたから
なまこの赤い花椿がさきべつとりと咲き
ひもくらげのうすらあかりで
病氣のらうまちすのたこが足をたべて くひきりたべたり
らうまず靑貝の肉をたべるいやな光景
またこゝの淺洲には
わがいたむわがしんけいのいたむ根をくふつめた貝
ほの光るささ浪の遠見にあなたに
いそぎんちやくの毛はたえずうごめいてゐる、
*
また、更に同じ第三巻の『草稿詩篇「未發表詩篇」』の方に、上記の詩篇の草稿として『(本篇原稿二種二枚)』無題の以下がある。歴史的仮名遣はママ。
*
○
うにのぐにやぐにやにただれた肉うにの肉のと
くさつた海綿のはらはたから
なまこの赤い花がさき
┃ひもくらげのうすらあかりで
┃病氣のたこが手をくひ
┃いそぎんちやくが手がしなりしなり
┃また遠い海岸の岬では
┃いそぎんちやくの纖毛が
↕
┃くらげの ひとでのまるい口
┃魚の耳
┃ひとでの口
┃いそぎんちやくの 手 纖毛
┃さゞえの耳
┃いそぎんちやくの手
[やぶちゃん注:「┃」は底本では前後で連続している。これは編者の附したもので、ソリッドなものを示す記号。「↕」は私が附したもので、前後の「┃」(本来は連続)詩句群二つが並置残存していることを示す。]
足をたべる病氣のたこのたぐひが足をたべる光景
また水のしたには わがふむ水の底には
靑貝をたべる光景
またこゝの淺洲には
わがくさ れたるもの つた肉をくふ
わがしんけいの根をくふつめた貝
*
なお、以上の倉庫には編者注があり、『本稿は未發表詩篇「晩景」と同一用紙に書かれている。』とある。「晩景」は本底本シリーズの「遺稿詩集」で電子化済みである。
さて、本篇は、筑摩版全集の決定稿扱いの前者に近い。但し、相同ではない。されば、失われた別稿ととるべきであろう。
因みに、私が萩原朔太郎を偏愛するようになったのは、この「月に吠える」時代の詩篇に私のフリークである海産無脊椎動物がワンサカ出ることにも起因している。]
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