萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺珠 編註 「地上」・「(無題)(うちみれば低地にひろごりつづく)」 / 後者の無題詩は既に原稿が失われて現存しない
遺 珠
[やぶちゃん注:以上はパート標題。その裏に以下の編註がある。]
編註 既刊詩集に收錄された萩原朔太郎の作品は、それが完成するまでに甚だしい場合は十回ほども改訂補修され、その推敲にどれほど苦心したかを如實に示してゐる。ここに「遺珠」として收めた七篇はその推敲過程の一端をうかがふために採つたものであるが、しかしこれらの原型作品も、ほぼこれにひとしく何回か補修改訂してをり、こおの七篇は部分的な例事に過ぎない。
[やぶちゃん注:今でこそ、一般向けの鑑賞本などでも見られる、決定稿と推敲過程の一草稿の比較であるが、「萩原朔太郎詩集」と名打ったコンパクト版萩原朔太郎の詩の集成シリーズの中で、こうしたパートを作って示すというのは、なかなかに画期的ではある。但し、それは、知られた詩篇に限って、しかも草稿を一点に限って行っても、有にそれだけで数十冊にも亙るものとなってしまうであろう。しかし、これは、インキ臭い学者のだらだらの草稿羅列より、遙かに魅力的で面白い企画と言える。さればこそ、編者はこの底本全体の書名に「遺珠」を選んだのだと今にして納得出来た。なお、本パートでは詩の題名のポイントが有意に小さかったり、大きかったりするのはママである。]
地 上
『純情小曲集』中の「愛憐詩篇」收載。
地上にありて
愛するものの伸長する日なり。
かの深空にあるも
しづかに解けてなごみ
燐光は樹上にかすかなり。
いま遙かなる傾斜にもたれ
愛物どもの上にしも
わが輝やく手を伸べなんとす
うち見れば低き地上につらなり
はてしなく耕地ぞひるがへる。
そこはかと愛するものは伸長し
ばんぶつは一所にあつまりて
わが指さすところを凝視せり。
あはれかかる日のありさまをも
太陽は高き眞空にありておだやかに觀望す。
[やぶちゃん注:言わずもがなだが、添え辞『『純情小曲集』中の「愛憐詩篇」收載。』は編者が附したもの。詩集「純情小曲集」は大正一四(一九二五)年八月に新潮社から出版された。私は未だ同詩集の全電子化注は行っていない(本書が終わったら、開始しようと考えてはいる)。以上は、確かに、その詩集に載せた決定稿である。但し、一ヶ所、問題があって、同初版を見ると(早稲田大学図書館「古典総合データベース」のこちら(PDF)の34コマ目)、「ばんぶつは一所にあつまりて」の「一所」には「いつしよ」とルビが振られている。初出は大正三(一九一四)年六月号『創作』である。以下に初出形を示す。かなり異なる。
*
地上
地上にありて、
愛するものゝ伸長する日なり、
われは友を呼び、
友は遠き靜物を呼ぶ、
りんりんと光る空氣に、
ものみな音なくめざめ、
わが行くところに鋭く銀透す、
かの深空にあるも、
しづかに解けてなごみ、
燐光は樹上にかすかなり。
いま遙かなる傾斜にもたれ、
愛物どもの上にしも、
わが輝やく手を伸べなんとす、
うち見れば低き地上につらなり、
はてしなく耕地ぞひるがへる。
そこはかと愛するものは伸長し、
ばんぶつは一所(いつしよ)にあつまりて、
わが指さすところを凝視せり。
あはれかゝる日のありさまをも、
太陽は高き眞空にありておだやかに觀望す。
――一九一四、四、二〇――
*
因みに、最終行の「おだやかに」の「お」は筑摩版全集では「於」の崩し字で印刷されてある。「銀透す」(「ぎんとうす」?)は萩原朔太郎の造語であろう。以下の草稿でも「透銀す」(「とうぎんす」?)とある。レントゲン線のように如何なる内部にまでもそれは透き通ってすべてを見通す霊的なものであることを言っているようには見える。まあ、そこまで言わずとも、決定稿の「凝視」と同義としても別に構わない。
さて、同じく筑摩版全集の「習作集第九卷(愛憐詩篇ノート)」には、本詩篇の草稿が載る。以下に示す。
*
地上
地上にありて
愛するものゝ伸長する日なり
われは友を呼び
友は遠き靜物をよぶ
りんりんと光る空氣に
ものみなは音なくめざめ
わが行くところに鋭く透銀す
かの深空にあるも
しづかに解けてなごみ
燐光は樹上にかすかなり。
われはいま遙かなる傾斜に立ちもたれ
かの
愛物どものうへにしも、わが白き輝がく手を伸べ*なん//ん*とす[やぶちゃん注:「*」「//」の記号は私が附した。ここは「なん」と「ん」が並置残存していることを示す。]
うち見れば低き地上につらなり
はてしなく耕地ぞひるがへる
いとみよそこはかとしんしんと愛する者は伸長し
ぱんぶつは一所にあつまりて
わが指さすところを凝視せり、
あはれかゝる日のありさまをも
太陽は高き眞空にありてつねに觀眺望す。
*]
○
――ノオトより。(「地上」原型)
うちみれば低地にひろごりつづく
日の下に耕地ぞ
はてしなく光る耕地なり
うちみればはてしなき地上に燃えて
えいえんに光れる耕地ぞつづく
いま愛するものは伸長し
ばんぶつは一所にあがりつつ
わが指さす方を凝視せり
かかる日のありさまを
太陽は高きにありてつねに観望す。
[やぶちゃん注:「――ノオトより。(「地上」原型)」は言うまでもないが、本書の編者が附したものである。「えいえん」はママ。筑摩版全集の『草稿詩篇「原稿散逸詩篇」』の最後には、『純情小曲集草稿(地上)』と仮題して同じ無題詩が載る。しかしこれは同じなのは当たり前で、実は本底本の元版である小学館版「萩原朔太郞全集」に収録されているものを転載したことが後注され、この『元原稿は現存していない』とあるのである。]
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