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2021/12/08

曲亭馬琴「兎園小説外集」第二 冷泉左衞門督爲金詠歌 輪池堂

 

   ○冷泉左衞門督爲金詠歌

 故鄕を立出しより東路の

      なかばは越しさ夜の中山

 蔦楓みどりの春に分いれば

      霞おくあるうつのやまみち

 ゆたけしと霞の空に仰みる

      かげいや高き春のふじのね

 かち人の賑ふ聲も大井河

      わたる瀨廣き水の白波

 ふじの雪はるゝ光のゆたけさを

      ひとつにうつす田子のうら浪

 のどけしな水の綠も春の色に

      かすむ光の浮しまのはら

   三月二日旅館當座霞中春月

               司  直

 いく里のかげのどかにも立こめて

      霞にもるゝ春のよの月

               司  直

 秋よりもまして哀は深きよの

      おのへにかすむ春の月かげ

               中川九同

[やぶちゃん注:底本では「中川九同」の「同」の字の右に『マヽ』傍注がある。]

 東路の名にや立らん春の月

      かすみの關にかげをへたてゝ

               淸  董【中川造酒】

 梅櫻花にかすみに匂ふよの

      かげのどかなるむさしのゝ月

               維  尹【森川中務】

 かすむこそなかく深き哀なれ

      世ははな鳥の春のよの月

               靜  齋

 比ひなきあはれをこめて春のよに

      かすめる月の長閑なるかげ

右詠歌は、文政九年丙戌春三月上旬、關東下行のときの事とぞ聞えし。

[やぶちゃん注:「冷泉左衞門督爲金」不詳。一つ、同時代の上冷泉家に公卿の冷泉為全(ためたけ  享和二(一八〇二)年〜弘化二(一八四五)年)がおり、彼は正三位参議左衛門督に至っている。彼の誤字か?

「司直」冷泉為全だとしたら、不審。彼は参議でもあったが、参議も左衞門督も司直職ではない。

「おのへ」「をのへ」(尾の上)の誤字であろう。山や丘の頂・峰の意。

「中川九同」不詳。

「淸董【中川造酒】」不詳。「淸董」は「せいとう」、「造酒」は「みき」ではあろう。

「維尹【森川中務】」不詳。「維尹」は「これただ」か。「中務」は「なかつかさ」。

「比ひなき」「たぐひなき」。

「文政九年丙戌」一八二六年。]

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