萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 瓶
瓶
あるこーるづけの蛙
あるこーるづけの鼠
あるこーるづけの心臟
あるこーるづけの貝
ぢつと透して居ると
ぽんやりした玻璃光線の中に
いろいろなものがみえる
白つぽけた人間の耳
ゆがんだ病氣の手
うすあかりの床にこごまつて
おれは胎兒のやうに泣きはじめた
[やぶちゃん注:筑摩版全集では「未發表詩篇」に、以下のようにある。表記は総てママ。二箇所の「栅」は校訂本文では「棚」に消毒されている。
*
甁
うすぐらい床の隅で
長い長い栅の隅に
いろいろな甁が見える竝んで居る
あるこーるづけの蛙
あるこーるづけの鼠
あるこーるづけの心臟
あるこーるづけの貝
ぢつと甁を透してみると居ると
ぽんやりした硝子玻璃光線の中にみえる、
いろいろなものがみえる、
白つぽけた耳人間の耳がある
ゆがんだ病氣の手がある
┃……………
┃うすあかりの床の 上で 隅で栅のまへで
┃おれは胎兒のやうにこごまつて泣き出した、
↕
┃……………
┃……………
┃ぼんやりした光線の中で
┃うすあかりの床にこごまつて
┃おれは脫胎兒のやうにこゝまつて泣き いて居た、き出した、はぢめた、
[やぶちゃん注:「┃」は編者の附したもので、前と後では実際にはそれぞれ連続している。「↕」は私が附した。則ち、前の三行と後の五行の二つのパートを並置残存していることを意味する。]
*
なお、以上の後には編者注で、『冒頭三行は、あとから書き加えられたとみられ、下方に記されている。』とある。まず、本篇は、この同一原稿か、或いは、この原稿を、一度、別に清書した稿ともとれる。
なお、筑摩版全集では、『草稿詩篇「未發表詩篇」』に、この「甁」の別草稿(無題)がある。以下の示す。表記は総てママ。
*
○
あるこーるづけにしたの蛙
あるこーるづけにしたの鼠
あるこーるづけの心臟→耳→蛙 猿心臟
あるーるの貝
あるこーるづけの手
この長い長い栅の上に
いつさいの ものがくさらないために→ものをあるこーるにつけた ものがくさらないやうに
なにもかもなにもかもくさらないやうに
なにもかもあるこーるあるこーるにつけたである
み 見給へおれはおれの耳をちよんぎつて
このうすぼんやりした光線の中でに
あるこーるづけの甁が 竝んで居る 行列して居る
白つぽけたおれの耳がつけてある、
いつばんぢつとみ透してみると
このぼんやりした光線の中 で に
いろいろの甁がならんで居る
そしてみよ、このそしてぼんやりした甁の中 では を み 透してごらん光線で
白つぽけた耳人間の耳がある
ゆがんだ手 人の病氣の手があ
ああぼんやり光線の中で
おれは わたしは胎兒のやうに
ああ哀し
ぢつとみ透して居 見給へ→ごらん
うすらあかりの床の上にで
ああ、その ああ哀しみたえがたく
おれは胎兒のやうにかぢかんでこごまつて泣き出した、
かすしれぬ甁が竝んで居る行列して居る、
そしてみよ
み ごらんごらん、こゝには おれの
このぼんやりした光線の中
甁の中に
わたし人間の肢體がつけてあるあります、
*
以上には編者注があり、『末尾六行は11~12の間に』(「このぼんやりした光線の中 で に」と「いろいろの甁がならんで居る」の間のことと思われる)『插入記號を附して用紙下方に記されているが、12行目以下と重複するところがあり、それの別稿とみられる。』とある。
なお、個人的には、この独特の――あの理科室の標本棚の饐えた臭いのする詩篇が――頗る好き――である。]
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