萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 腕のある寢臺
腕のある寢臺
綺麗なびらうどで飾られたひとつの寢臺
ふつくりとしてあつたかい寢臺
ああ あこがれ こがれいくたびか夢にまで見た寢臺
私の求めてゐたただひとつの寢臺
この寢臺の上に寢るときはむつくりとしてあつたかい
この寢臺はふたつのびらうどの腕をもつて私を抱く
そこにはたのしい愛の言葉がある
あらゆる生活(らいふ)のよろこびをもつたその大きな胸の上に
私はすつぽりと疲れたからだを投げかける
ああこの寢臺の上にはじめて寢るときの悅びはどんなであらう
そのよろこびはだれも知らない祕密のよろこび
さかんに强い力をもつてひろがりゆく生命(いのち)のよろこびだ。
みよ ひとつの魂はその上にすすりなき
ひとつの魂はその上に合掌するまでにいたる
ああかくのごとき大いなる愛憐の寢臺はどこにあるか
それによつて惱めるものは慰められ 求めるものはあたへられ
みなその心は子供のやうにすやすやと眠る
ああ このひとつの寢臺 あこがれもとめ夢にみるひとつの寢臺
ああこの幻(まぼろし)の寢臺はどこにあるか。
[やぶちゃん注:「びらうど」はママ(歴史的仮名遣でも「びろうど」でよい)。初出は大正六(一九一七)年六月号『感情』で、標題は「まぼろしの寢臺」である。以下に示す。太字は底本(筑摩版全集)では傍点「ヽ」。歴史的仮名遣の誤り等は、総てママ。
*
まぼろしの寢臺
きれいなびろうどで飾られたひとつの寢臺
ふつくりとしてあつたかい寢臺
ああ あこがれ こがれ、いくたびか夢にまで見た寢臺
私の求めてゐたたつたひとつの寢臺
この寢臺の上に寢るときはむつくりとしてあつたかい
この寢臺はふたつのびろうどの腕をもつて私を抱く
そこにはたのしい愛の言葉がある
あらゆる人生の悅びをもつたその大きな胸のうへに
私はすつぽりと疲れたからだを投げかける
ああ この寢臺のうへにはじめて寢るときの悅びはどんなであらふ
その悅びはだれも知らない秘密のよろこび
さかんに强い力をもつてひろがりゆく生命のよろこびだ
みよ、ひとつのたましひはその上にすすりなき
ひとつのたましひはその上に合掌するまでにいたる
ああ かくのごとき大いなる愛戀の寢臺はどこにあるか
それによつて惱めるものはなぐさめられ、求めるものはあたへられ、その心は子供のやうにすやすやとしづかに眠る
ああ このひとつの美美しい寢臺、あらゆる生命の悅びをみつめる寢臺
それにも知らぬ遠方に見え
あとかたもなく失はれたるまぼろしの寢臺はどこにあるか
*]
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