萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 空に光る
空 に 光 る
わが哀傷のはげしき日
するどく齲齒(むしば)を拔きたるに
この齲齒は昇天し
たちまち高原の上にうかびいで
ひねもす怒りに輝やけり。
みよくもり日の空にあり
わが瞳(め)にいたき
とき金色(こんじき)のちさき蟲
中空に光りくるめけり。
[やぶちゃん注:「齲齒」の音は正しくは「くし」と読む。「うし」と読むことが多いが、「う」は慣用音で本当は誤りである。まあ、「むしば」と読んでしまっているから、いいけれど、個人的には「むしば」という読みは本詩篇の詩想から見ると、『何だかな~』っていう感じが私はしてならないのだが。
「とき金色(こんじき)のちさき蟲」の「とき」は、前の「わが瞳(め)にいたき」を受けるから、「利き」「鋭き」で、「ちさき蟲」の形容。
初出は大正三(一九一四)年六月号『詩歌』。以下に示す。
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空に光る
わが哀傷の烈しき日、
するどく齲齒を拔きたるに、
この齲齒は登天し、
たちまち高原の上に浮びいで、
ひねもす怒りに輝やけり。
みよ、くもり日の空にあり、
わが瞳(め)にいたき、
とき金色(こんじき)のちさき蟲
中空に光りくるめけり。
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本篇には筑摩版全集の『習作集題九卷』に草稿が一つある。標題は「光る齲齒」。
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光る齲齒
わが哀傷の烈しき日
するどく齲齒を拔きたるに
この齲齒は登天し
たちまち高原の上に浮びいで(懸りて)
ひねもす怒りにかゞやけり
見よくもり日の空にあり
わが眼にいたき
とき金色の小さき蟲
中空に光りくるめけり。
*]
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