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2021/12/31

只野真葛 むかしばなし (44)

 

 玄松樣は、くりあい上手なりけん、藏も、文庫藏・どぞう藏と二戶前有しを、鼻の先に有しをば、六、七間、あとへ引て、二階作(づくり)の家、たてられし。ばゞ樣は隣の地をかりること、御きらひ被ㇾ成し故、鬼門の所は、仕切(しきり)て、御かり被ㇾ成(なら)ざりしを【すまゐせし人の、仕合(しあはせ)、あしければなり。服部善藏とて。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とする。しかし、これ、「服部善藏とて、すまゐせし人の……」の誤り(誤判読)ではなかろうか?]、服部、かりて、普請をし、引こしたりし。其下心、父樣とは久しく懇意なりしが、『まさかの時、知惠をかりるに、隣なら、よい。』とて、來りしなり。

 御普請びらきには、出入のもの、弟子をはじめ、太鼓持常八・料理人藤九郞・同「たるみぶ」など、したしきものに、「ふじたに・小紋茶がへし」の羽織りに、「東屋に櫻」の紋所、

Katadori

「庵に木瓜《もつこふ》」のかたどりに思付(おもひつく)なり。かの上にても、梶原・工藤のおぼしめしの時故、さも有べきことなりし。「たるみぶ」は、其頃、はやりの料理人、昔より藤九郞がいつもせしを、この度、めづらしきかたへ被仰付しことなりし。女藝者三人、つねにきたりしへ、「紫ちりめん」、素縫(すぬひ)に、白糸にて、「つくつくしの杉菜」の模樣、下着と裏は、緋ぢりめんに金糸・銀糸にて、ものをぬへたるを被ㇾ遣し。紋所よりのおぼしめし付(つき)にて、春野のさまを、つけられし。「てんしん」と、あだな付(つけ)たる太鼓持の古物坊主にて有しには、鳶八丈の無垢を三ツ、羽織も、同じ無垢仕立の仕きせ、出(いだし)たりし。其頃、茶がへし小紋、はやりだし故なり。

 客へは引物に「いそせゝり」と、うわ書(がき)して、手まの紙・紫くじやく・ひわ茶うわ紙かさねは、みな、紅ぞめなり。中に、はまぐり貝二・あさり二・しゞみ壱、入たり。はまぐりは、銀だしと、中ねり鬢付(びんつけ)、是も河内屋【「河内や」長右衞門なり。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]ヘ仰付られて、香を、ことにおほくいれて、ねらせられたるなり。

「色には、ヲランダの藍で、『ベルレン』といふが、色、よし。」

とて、入られし。あさりは薰物《たきもの》二品、是も手製なり。しゞみには、

「笑藥(わらひぐすり)なりし。」

とぞ【三番は、「すゝ」と「めん」成しや。六番は玉子一箱。七番は「せう」と「かね」、八はんは、諸入用なり。】[やぶちゃん注:この原割注は底本にはなく、「日本庶民生活史料集成」にそう指示して挿入されてあるもので補填した。]。每日、包(つつみ)こしらへなど、したりし。

 櫻にそへて、諸道具、かけ物など送りし人も、おほかりし。日ごとに、進物、來りて、おもしろかりし。何人のおもひよりしことにや、吉野山のかたを書(かき)たるかけ物に、

  今ぞわがよしのゝ山の花をこそやどの物とも見るべかりける

といふ歌有しを送りしが、

「花によりて、おもひつきたるならんが、後醍醐帝の吉野の宮にて、よませられし御うた故、いわひごとには、いかゞし。」

と被ㇾ仰し。數寄屋町に、やけのこりて有し棕櫚なども、其節の致來物なりし。

 障子のほねは、目通(めどほおし)の、赤杉、めんどりなり。二階に湯殿を付て、冬は樋《とひ》にて、後へ、おとし、小用所まで付(つけ)て有し。三尺の緣より、水もくむやうな仕かけなりし。其井は、一かわ、すゑたるばかりにて、下より樋《ひ》をとほして、本井よりくみいるゝことなりし。湯殿と、はしごは、椹(さはら)の厚板にて有し。湯殿は、かやうによき木を用るにおよばねど、殊の外、「二階に湯殿つく」といふ、名、高く、世上、ひやうばん故、

「來(くる)人も心付(こころづけ)て見んを。」

とて、ゑらませられしなり。大名に召さするには、さらしの重ね付の「ゆとり」二、御用意被ㇾ成し。其模樣の注文、隣の奧樣にまかせられしを、地白にして、紺淺黃などにて、しだり櫻をつけ、下に茶色に、かうのづ、壱、付て有しが、殊の外、御氣に入りて有し。東屋櫻のかたどりなり。紺木綿・らせんしぼり五、其頃の仕出しなり。是は、平人のためなりし。花々しきことなりし。

[やぶちゃん注:底本本文中に画像で挿入されているものを読み取って入れた。この絵は家紋画像を管見するに、下にある「庵に木瓜《もつこふ》」=「庵木瓜」(いおりもっこう)で、藁葺の庵室の中に植物のボケの花をデザイン化したものを入れたものによく似ていると私には思われた。

 なお、以上は家の新普請の引き出物を語ったものであるが、私の乏しい知識では、注することがおよそ殆んど出来そうもない。以下の一つだけで、ご勘弁願いたい。悪しからず。

「ヲランダの藍で、『ベルレン』」これは当時の通称で「ベロ藍」、かのプルシアンブルーのことではないかと思われる。この顔料は葛飾北斎が「富嶽三十六景」に用いたことで非常に流行し、我々もこう記すだけで、あの鮮やかな色が想起出来るものである。「プルシアンブルーの話」PDF)によれば、「ベロ藍」という『その名前の由来は「ベルリンの藍」が訛ったものという説が有力です。和名は紺青。このほか、当時ドイツはプロセインだったのでプルシアンブルー、ベルリンで発明されたからベルリンブルー、その後中国で作られたのでチャイナブルー、北斎がつかったため北斎ブルー、鉄の化合物だからアイアンブルー、人名由来のミロリーブルーなど多くの名前があります』とあり、「ベルレン」と訛りそうな感じがするからである。]

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