萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 白夜
白 夜
夜霜まぢかくしのびきて
跫音(あのと)をぬすむ寒空(さむぞら)に
微光のうすものすぎさる感じ
ひそめるものら
遠見の柳をめぐり出でしが
ひたひたと出でしが
見よ 手に銀の兇器は冴え
闇に冴え
あきらかにしもかざされぬ
そのものの額(ひたひ)の上にかざされぬ。
[やぶちゃん注:初出は大正四(一九一五)年一月号『地上巡禮』。以下に初出形を示す。
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白夜
夜霜まぢかくしのびきて、
跫音(あのと)を盜む寒ぞらに、
微光のうすものすぎ去る感じ、
ひそめるものら、
遠見(とほみ)の柳をめぐり出でしが、
ひたひたと出でしが、
みよ手に銀の兇器は冴え、
闇に冴え、
あきらかにしもかざされぬ、
そのものゝ額の上にかざされぬ。
――十一月作――
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なお、本篇には、筑摩版全集の「草稿詩篇 蝶を夢む」に草稿が一篇(無題)載る(草稿は三種とする内の一篇のみ)。以下に示す。□は底本編者の判読不能字。
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白金微光のよるきたり
夜天の□羅よるしだいにふけ
裸服の→おみなごの 靑ざめし裸體をすかす
光る→靑き 夜光のうすもの衣裝のすぎ行くところ
靑ざめし裸形 靈をすかす空氣のそこに
夜行光のうすものすぎ去る ところ 感じゆくけはひし
ひたひたとよる女の女子のあゆみ いのりを感じちからを感じて
ひそめるものら
遠見の柳をめぐりいでしが、
みよ、そがかれの兇器は、あきらかに光り額にふりかざさる、
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最後に編者注があり、採用しなかった『他の草稿では』「白夜兇行」及び「柳」『と題する』とある。]