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2022/01/01

明恵上人夢記 94

 

94

一、同廿一日晨朝(じんてう)に、信心を起し祈請す。「淸淨之夢想を得ば、如法懺侮(さんげ)之驗(しるし)と爲すべし。」と申す。學文所(がくもんしよ)に繩床(じようしよう)より下りて、祈請之(の)休みの夢に云はく、予、菩提子(ぼだいし)の數珠を持てり。覺むる前に所持せしには非ず。少々、水精(すいしやう)の裝束(しやうぞく)あり。其の緖(を)、切れたり。其の珠、落ち散る。早く求め出(いだ)して多くは散らず。一つの珠を、自(おのづか)ら、之を求め出し、一つの珠をば、上師、傍(かたはら)より、新調の衣と袈裟とを著(ちやく)し、著して、威儀具足して來臨し、卽ち、折敷(をしき)の上より求め出(いだ)して、「此(これ)に有る也。」と告げしめ給ふ。卽ち、『此の緖(を)を、自(おのづか)ら、他人をして之を貫かしめむ。』と欲す。上師、進みて、之を取る。「我は、すげむ。」とて、奧へ入りて、すげて、之を出し與へ給ふ。予も敬重之(の)思ひ深し。傍(かたはら)に又、南の尼有りて、云はく、「あら忝(かたじけな)き哉(かな)や、忝き哉や。」。其の珠々(しゆじゆ)、達磨(だるま)水精にて、而も普通よりは、其の勢(いきほひ)、小さし。羯磨(こんま)を以て莊(かざり)と爲し、弟、珠を貫きて、悅喜の心深くして、覺め了んぬと云々【祈請に應ずること、之を思ふべし。】。

[やぶちゃん注:底本の記載順列に疑問があるため、時制推定は不能。「84」の私の冒頭注を参照されたい。

「晨朝」六時の一つ。卯の刻。現在の午前六時頃。この時刻は「朝の勤め」の勤行を行う定時でもある。

「學文所」僧が教学を行う部屋。

「繩床」木の床に繩又は木綿の布を張った、粗末な腰掛け。主に禅僧が座禅の際に用いる。

「菩提子」サンスクリット語「ボーディ・シ」の漢音訳。ヒマラヤ地方のボデ樹(インドから東南アジアにかけて広く分布するバラ目クワ科イチジク属インドボダイジュ Ficus religiosa の実。仏教の経典から天竺菩提樹(テンジクボダイジュ)の別名を持つ)の実。淡黒色で、丸く、香りが強い。数珠の玉の材料とされた。訳名から、中国原産で仏教のそれの代わりに寺院に植えられることが多い、全くの別種である菩提樹(アオイ目アオイ科 Tilioideae 亜科シナノキ属ボダイジュ Tilia miqueliana )の実と混同される。

「水精の裝束」ここは「水晶で作られた数珠」の意。

「上師」今迄通り、母方の叔父で出家最初よりの師である上覚房行慈ととる。明恵はこの十二年前の建仁二(一二〇二)年に、この上覚から伝法灌頂を受けている。

「著(ちやく)し、著して」衍文と思われる。

「南の尼」先行既出する(91)の注で述べた通り、底本注で『『明恵上人行状抄』には湯浅宗重女に「次女南」とあり、この女性を指すか』とする。明恵の母は紀伊国の有力者であった湯浅宗重の四女であった(父は高倉上皇の武者所に伺候した平重国)。

「達磨水精」楕円不均等の達磨型或いは文字通りのお馴染みの達磨大師を模した達磨の水晶製の数珠玉のことであろう。

「羯磨」羯磨(かつま:「こんま」とも読む)金剛杵(しょ)のこと。密教修法具で三鈷杵を十字に組み合わせた呪具。仏に、本来、備わっている智慧の働きを象徴する金剛杵の一つ。多くは銅で作る。「精選版 日本国語大辞典」の画像を参照されたい。

「弟」「上師」に対する明恵自身の自称。]

 

□やぶちゃん現代語訳

94

 同二十一日晨朝(じんちょう)に、信心を起こし、祈請を行った。

 仏・菩薩に、

「真に清浄なる夢想を得たならば、如法懺悔の験と致しましょう。」

と申し上げた。

 学文所に祈請を修している繩床(じょうしょう)から、一時、下(さが)って、祈請の中休みをしたが、その時、こんな夢を見た――

 私は、菩提子の數珠を持っていた[明恵自注:夢を見る前の覚醒時に所持していた数珠ではなかった。]。

 見ると、その数珠は、全体に小さなものであったが、珠を水晶で作った物であった。

 その緖が、切れた。

 その珠が、落ち、散らばる。

 即座に、手で探し求めて集めたので、多くは、散らなかった。

 私は、しかし、一つの珠が足りぬので、自然、これを求めんとして辺りを探した。

 すると、その足りぬ一つの珠を、上師が、ふっと、傍らより、新調の衣と、袈裟とを、著(ちゃく)されて、威儀正しく、欠けるところなき装束を具足されて来臨なされ、即座に、近くに置かれてあった折敷(おしき)の上より、求め出だされて、

「ここに、あるぞ。」

とお告げまされた。

 その時、即座に、

『この緖(を)をば、私は、自然、誰か、他者をして、元の通り、貫(つらぬ)かしめねばならぬ。』

と強く思った。

 すると、上師自らが、私の前に進んでこられ、この切れた数珠と最後の一珠をお取りになった。そうして、

「我が、すげてやろう。」

と仰せられて、奧へ入って、元通りにすげられて、これを私に差し出しなされ、お与えになられた。

 夢の中の私も、忝き敬重の思ひが、深く心に起こった。

 傍らに、また、南の尼がおられて、おっしゃられたことには、

「あら、どんなにか、忝きことでありましょうか! 忝きことよ!」

と。

 その数珠の珠の一つ一つは、達磨大師を象った水晶玉であってて、しかも、普通よりは、その感じは、小さなものにして静謐であった。羯磨(こんま)を以って荘厳(しようごん)となしてあり、弟子たる私は、珠を美事に貫いたそれを戴いて、喜悦の心、これ、謂わん方なく、深く感じた……

と――思うたところで――夢は醒め、既に覚醒していたのであった……【私が行っている祈請に応じた聖なる夢であったこと、これをよく思索し、感じねばならぬのだ!】。

 

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