第一書房版「萩原朔太郞詩集」(初収録詩篇二十一篇分その他)正規表現版 「靑猫(以後)」 曆の亡魂
曆 の 亡 魂
薄暮のさびしい部屋の中で
わたしのあうむ時計はこはれてしまつた
感情のねぢは錆びて ぜんまいもぐだらくに解けてしまつた
こんな古ぼけた曆をみて
どうして宿命のめぐりあふ曆數をかぞへよう
いつといふこともない
ぼろぼろになつた憂鬱の鞄をさげて
明朝(あした)は港の方へでも出かけて行かう。
さうして海岸のけむつた柳のかげで
首無(くびな)し船のちらほらと往き通(か)ふ帆でもながめてゐよう
あるひは波止場の垣にもたれて
乞食共のする砂利場の賭博(ばくち)でもながめてゐよう
どこへ行かうといふ國の船もなく
これといふ仕事や職業もありはしない。
まづしい黑鴉の猫のやうに
よぼよぼとしてよろめきながら步いてゐる
さうして芥燒場(ごみやきば)の泥土(でいど)にぬりこめられた
このひとのやうなものは
忘れた曆の亡魂だらうよ。
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。「あるひは」はママ。初出は大正一二(一九二三)年二月発行の『帆船』第十号。先般、たまたま気になって、昔の「暦の亡魂 (初出形)」の不全な正字を修正したので、そちらのリンクに留める。最後の萩原朔太郎の註が、「てふてふ」はそのまま「てふてふ」と読まなくてはならないと言った、彼独特の音韻的内在律の表明となっている見逃せないものである。なお、朔太郎らしい「まづしい黑鴉の猫やうに」という目を惹く換喩は、残念なことに、後の「定本 靑猫」「宿命」等では、「まづしい黑毛の猫」という何の変哲もない表現に変えられてしまっている。]
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