毛利梅園「梅園介譜」 水蟲類 車ヱビ(クルマヱビ)・泥蝦(ノロマヱビ)の二種/ 前者「クルマエビ」・後者「ヌマエビ」の一種或いは「ヤマトヌマエビ」
[やぶちゃん注:底本のこちらからトリミングした。左手上部の鮮やかなそれは、既に電子化した「蝦蛄」の体幹尾部右方。大小二種だが、これ、画像を上手く分離出来ないので、二種を一緒とした。タイトルには、現在の知られたそれを採用した。二種の間には「*」を入れて記載内容を区別した。]
屋代(やしろ)「画帖」、
斑節蝦【「くるまゑび」。「閩書(びんしよ)」。】
蝦【一種。「くるまゑび」。】
五色蝦【「くるまゑび」。】
【「車ゑび」の小なるものを「さゑまき」と云ふ。「閩書」曰はく、『斑節蝦』と。】
申午(かのえむま)五月廿八日、眞寫す。
* * *
「大和本草」曰はく、『青蝦』。
癸巳(みづのとみ)初夏十一日に、渚(みぎは)に、之れを捕へ、眞寫す。
「邵武府志(せうぶふし)」曰はく、『泥蝦。』【「のろまゑび」。】・
【『田(た)・塘池(たうち)・沼(ぬま)の中(うち)に生ず』云〻。】
[やぶちゃん注:まず、右手のそれは言わずもがな、
軟甲綱十脚目根鰓(クルマエビ)亜目クルマエビ上科クルマエビ科クルマエビ属クルマエビ Marsupenaeus japonicus
である。詳しくは当該ウィキを見られたい。先にそちらの解説に注を附す。
『屋代「画帖」』江戸後期の御家人で右筆であった国学者屋代弘賢(ひろかた 宝暦八(一七五八)年~天保一二(一八四一)年)の「不忍文庫」の画譜か。現物を見たことがないので何とも言えない。
「斑節蝦」台湾ではこの名が生きており、正しく上記クルマエビを指す。サイト「台灣鮮魚網」の「澎湖明蝦(斑節蝦)」を見られたい。大陸では正式中文名を「日本囊對蝦」(繁体字表記に直した。以下同じ)とするが、俗称で「虎蝦」「花蝦」「斑節對蝦」とあった。
「閩書」明の何喬遠撰になる福建省の地誌「閩書南産志」。
「五色蝦」これはマズい。現行では、エビ上目イセエビ下目イセエビ科イセエビ属ゴシキエビ Panulirus versicolor がいるからである。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページをリンクさせておく。そもそもごく近くで観察すると、多少のグラーデションは認められるが、梅園の描いたようなそれこそ五色というのは、生体時では見られないので、ちょっと相応しい異名とは思われない。寧ろ、鮮やかな横縞と、茹でた際に紅色に変ずる過程をひっくるめての謂いならば、まあ、判らぬではない。
「車ゑび」寺島良安は「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「車鰕」で、『大いさ四、五寸。皮、厚くして、節、隆(たか)く、褐白色の橫文(わうもん)、有り。之れを煮れば、紅に變ず。形、曲(かゞま)り、車輪のごとし。故に名づく。夏より出でて、秋冬、盛んに出でて、味、最も甘美。上品たり。』(私の訓読だが、一部を修正してある)と述べている通り、和名は腹部で腰を折って丸まった際、縞模様が車輪の輻(や)ように見えるからである。
『小なるものを「さゑまき」と云ふ』既に以前に注したが、再掲すると、上田泰久氏のサイト「食材事典」の「車海老(くるまえび)」のページに「サイマキ」の項があり、業者や調理人は十五センチメートル以上を「車海老」、十~十五センチメートルのものを「マキ」、それ以下を「サイマキ(鞘巻)」と呼び、 特に大きい二十センチメートル以上のものを「大車(おおぐるま)」と呼ぶとあって、『サイマキという言葉の由来ですが、昔、武士の腰刀の鞘(さや)に刻み目が付いていて、車海老の縞模様がこれに似ていたので、車海老の略称を鞘巻き(さやまき)と言った』のが、『なまって、サエマキ、サイマキとなり、これが小さな車海老の呼び方になった、という話です』とある。
「申午五月廿八日」天保五年五月二十八日はグレゴリオ暦一八三四年七月四日。
* * *
左手のちっちゃなエビだが、ちょっと同定に困った。それは、以下に見る通り、「大和本草」で言及しているが、そこでは海産のエビということになっているからである。しかし、以下の最後の引用のそれは、どう考えても、淡水産のエビであり、それを問題視することなしに、梅園が好きな釣りに行った折りかに、水辺で捕えたと言っているところから、これは純粋な淡水産のエビであろうと踏んだ。中記載の「渚」は「みぎは」で、海だけでなく、汽水域の潟及び淡水域の川・湖・池沼の端近くをこう呼ぶから、何ら、問題はない。益軒の説には不審な箇所もあるので、海産説は採らないこととする。そうなると、小さくて、色も形もどちらかというと染みであり、無批判に受け入れるわけではないが「ノロマ」な「エビ」、動きが相対的にゆっくりしているか、陸に揚げてしまうと、跳ねることをせず、這い歩こうとするという性質などを勘案すると、一つの候補は、
十脚目コエビ下目ヌマエビ科 Atyidaeに属するヌマエビ類
が挙げられるように思う。ところが、やっかいなことに、所謂、淡水産エビ類の中で、本邦本土に棲息しており、比較的、目につきやすい、所謂、代表的な「川えび」の類九種の内、「ヌマエビ」と称する種は実に五種もいるのである(サイト「E関心」の「川エビの種類を写真で見分けよう。淡水にすむ9種類。」に拠る種数に拠った。実際には以下のウィキの記載を読むに、ヌマエビの中でもよく似た別種がいて同定が難しいとあるから、実際にはもっといる)。待ちに待って今月五日に再開した「BISMaL ビスマル Biological Information System for Marine Life」を用いて以下に示す(これがないと、守備範囲でない生物の希少種などは、自宅では学名もツリーも調べようがないのだ)。
ヌマエビ科ヒメヌマエビ亜科ヒメヌマエビ属ヒメヌマエビCaridina serratirostris
ヒメヌマエビ属ヤマトヌマエビ Caridina multidentata
ヒメヌマエビ属トゲナシヌマエビ Caridina typus
ヒメヌマエビ属ミゾレヌマエビCaridina leucosticta
ヌマエビ科カワリヌマエビ属ミナミヌマエビ Neocaridina denticulata
これらは幸いにして総て「ウィキペディア」があるので、和名の部分にそれぞれのリンクを張った。なお、最後の「ミナミヌマエビ」の記載に、二〇〇〇『年頃から本種の自然分布域外を含む日本各地においてカワリヌマエビ属のエビが収集されるようになった』とあり、二〇〇三『年には兵庫県夢前川水系で中国固有のヒルミミズ類の』一『種であるエビヤドリミミズ Holtodrilus truncatus が付着したカワリヌマエビ属のエビが発見され、釣り餌用に中国から輸入された淡水エビが川に逃げ出したことが示唆された』。『当初はこれらの外来エビがNeocaridina denticulataの亜種とみなされたため、日本で採集されたカワリヌマエビ属が』二『つのクレード』(clade:分岐群)『から構成されることに着目し、うち』、『関東以北に分布しない』一『つを日本固有亜種「Neocaridona denticulata denticulata 」として定義するべく研究が進められたが、その後』二『つのクレードに属するハプロタイプ』(haplotype:haploid genotype:半数体の遺伝子型)が、『それぞれ朝鮮半島・台湾・中国において発見され』、『日本の在来個体群を固有亜種として定義することはできなかった。このことから、本種の自然分布域外を含む日本各地に定着したカワリヌマエビ属の外来エビは別種であると考えられている』(二〇一八年現在)とあった。遺伝子の人為的な致命的攪乱は実に見えない目立たぬ小生物でも着実に起こっているのである。
さて、それぞれの解説は読んで貰うとして、個人的には縦覧するに、この
「ノロマエビ」に該当しそうなのはヒメヌマエビ属ヤマトヌマエビ Caridina multidentata
と考える(下線太字は私が附した)。『成体の体長は』♂で三・五センチメートル、♀で四・五センチメートルほどあり、ヌマエビ類としては大きく(「川えび」にありがちな、小さくて透明ものでは、捕まえる気も起らないし、介譜に載せるのも、先に描いたアミやシバエビと差別化がし難いから、相対的に大きいものと考えてよい)、♀の方が大きい性的二型で、五センチメートルを超える個体もあり、『体色が濃く、体つきもずんぐりしている』。『複眼は黒く、複眼の間にある額角』(がっかく)『はわずかに下向きで、鋸歯状の棘が上縁に』十一~二十七個、下縁に四~十七個ある。五『対の歩脚は短くがっちりしていて、このうち前の』二『対は短く、先端に小さな鋏がある』。『体色は半透明の淡青色』・『緑褐色で、尾の中央に三角形の黒い小斑、尾の両端に楕円形の黒い斑点がある。体側には線状に赤い斑点が並ぶが、オスは点線状(・・・)、メスが破線状(- - -)である。また、個体によっては背中の真ん中に黄色の細い線が尾まで走る』(☜図をよく見られたい。あるぞ! この尾まで走る線状帯が!)。『スジエビやテナガエビ類は脚や眼柄、額角が長い。トゲナシヌマエビは体型や生息地が似ているが、やや小型で体側に斑点がないので区別できる』。『マダガスカル、フィジー、日本まで、インド太平洋沿岸の熱帯・亜熱帯域に広く分布する。日本での分布域は日本海側は鳥取県以西、太平洋側は千葉県以南の西日本とされる』。『海で生活する幼生期(後述)に、海流に乗って分散するため』、『分布域が広く、海洋上に孤立した島の小河川にも生息している』。『暖流が流れる海に面した川の、上流域の渓流や中流域に生息する』(梅園は旗本で江戸在住)。『九州以北に産するヒメヌマエビ属の中ではトゲナシヌマエビと並んで遡上する力が強い。川や海の改修工事や水質悪化、熱帯魚の業者による乱獲などで、野生の個体は減少している。ダムや堰の建設によって遡上が困難になり、生息域が狭まった川もある』。『食性は雑食性で、藻類、小動物、生物の死骸やそれらが分解したデトリタスなど何でも食べる。前』二『対の歩脚にある鋏で餌を小さくちぎり、忙しく口に運ぶ動作を繰り返す。小さなかたまり状の餌は顎脚と歩脚で抱きこみ、大顎で齧って食べる』。『夜に餌を探して動き出すが、昼間は水中の岩石や水草、落ち葉などの陰に潜む』。『捕獲する際は』、『それらの中にタモ網を差し込むと捕えることができる。通常はエビ類を水から出すと』、『腹部の筋肉を使ってピチピチと跳ねるが、ヤマトヌマエビは跳ねずに歩きだすのが特徴である』ときたもんだ! こいつでしょう!
『「大和本草」曰はく、『青蝦』』私の「大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 蝦」を見られたいが、そこで、
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河蝦〔かはえび〕、大にして足の長きあり、海ゑびより、味、よし。「杖つきゑび」と云ふ。山州淀川の名産なり。凡そゑびは腹外の水かきの内に子あり。蟹も腹の外に子あり。海中にゑび多し。凡そ蝦には毒あり、多食すべからず。瘡腫〔さうしゆ〕及び痘疹〔とうしん〕を患へる者、食ふ勿れ。久しくして味變じたる、尤も毒あり。雷公曰く、「鬚の無き者及び煮熟〔にじゆく〕して反つて白き者、大毒有り。」と。靑蝦〔あをえび〕、長さ一寸許り、海草の内に生ず。毒有り。食ふべからず。雞〔にはとり〕、之を食へば必ず死す。
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とあるのだが、そこで私は、
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「蝦には毒あり」一般的なエビ類全般には個体由来の有毒成分はない。過食に依る消化不良、本文にも出る他の病気で免疫力の低下した患者の雑菌やウィルスの経口感染若しくは腐敗毒(これも本文に「久しくして味變じたる」とある)による食中毒や寄生虫症、及び有毒プランクトン摂取によって毒化した個体の摂取、さらには甲殻類アレルギーなどの、稀なエビ食による食中毒の症例や症状を指していると考えておく。
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『雷公曰く、「鬚の無き者及び煮熟して反つて白き者、大毒有り。」と』の部分は中国の本草書「証類本草」(「経史証類備急本草」。本来は北宋末の一〇九〇年頃に成都の医師唐慎微が「嘉祐本草」と「図経本草」を合してそれに約六六〇種の薬と多くの医書・本草書からの引用文を加えて作ったものだが、後世に手が加えられている)の「巻第二序例下」の「淡菜」の「蝦」の項に全く同一の文が載る。「雷公曰」とあるが、これは中国最古の医学書「黄帝内経(こうていだいけい)」の元となった「素問」などで黄帝が対話する架空の神人である。
「靑蝦」この名と「一寸許り」(約三センチメートルほど)で海産とあるところからは、私などは北海道太平洋岸から根室野付半島までの浅いアマモ場などに棲息する薄緑色を呈する抱卵亜目タラバエビ科モロトゲエビ属ミツクリエビ Pandalopsis pacifica が頭に浮かんだ。大きさも一~五センチメートルで、成体の体色はすこぶる鮮やかである。但し、無論、ここに記されるような毒性はないし、これは前の「雷公」の注意書きに惹かれて、何らかの本草書からおどろおどろしい怪しげな叙述を引いたとしか私には思われない。なお、アオエビという和名を持つエビは実在するが、これは似ても似つかぬややグロテスクな(と私は思う)抱卵(エビ)亜目異尾(ヤドカリ)下目コシオリエビ上科 Galatheoidea に属する、最近は食用に供されるようになってきたところの、深海性大型種オオコシオリエビ Cervimunida princeps の仲間である Cervimunida jhoni に与えられているもので本記載とは無縁である。
*
この注を変更する気はない。「杖つきゑび」というのは「ノロマエビ」と親和性のある異名であると思ったのだが、実は(後述)既出のテナガエビの別名だった。しかし、まあ、ここでは、益軒先生には御退場を願いたいと思う。
「癸巳初夏十一日」天保四年四月十一日。グレゴリオ暦一八三三年六月一日。
「邵武府志」邵武府(しょうぶふ)は元末から民国初年にかけて、現在の福建省南平市西部と三明市北部に跨る地域に設置された行政単位。この附近(グーグル・マップ・データ)。ばっちり、内陸で、閩江が貫流する。同書は明代に陳譲によって編纂された同地方の地誌で、一五四三年の序がある。あれえ? さてさて! またしても見つけてしまったよ、梅園先生! これも孫引きですよね? 「重修本草綱目啓蒙」の「四十 無鱗魚」の「鰕」からの(リンク先は国立国会図書館デジタルコレクションの同原本の当該部)。そこに、まず、『鰕は「かはゑび」の總名ナなり』と始まって、『ツヱツキヱビ【京。若州。】は、一名、テナガエビ【「本朝食鑑」】』とあって、「なるほど、手が長い彼らは、あたかも杖を突いているように見えるもんな。」と納得しつつ、以下を見てゆくと(一部読みを補填した。太字下線は私が附した)、
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一種、蕁常の「川ゑび」の形にして、色白き者を「シラサエビ」【備州。】と云ひ、一名「シラサイ」【豫州。】。是れ、白蝦なり。「八閩通志」に、『白蝦、江浦中に生ず。』と云ふ。常の「川ゑび」は淡靑黑色なり。豫州にて「テンス」と云ふ。是れ、靑蝦なり。琵琶湖の大ゑびは、大いさ、二寸に過ぎず、皮・鬚、硬く、下品なり。春・夏・秋、とると、云ふ。又、田中及び池澤に生ずる者、「ハタエビ」と云ふ。是れ、泥蝦なり。土州にて、長さ三寸許り、流水の泥中に生ずるを「ツチホリ」と云ふ。これも亦、泥鰕なり。「邵武府志」に、『蝦の小なる者、俗に泥蝦と呼ぶ。田・塘池・沼の中に生ず。之れを炒り熟せば、色の白き者は、殻、軟かに、色、紅なる者は、殻、硬し。又、食ふべし。』と云ふ。
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ってあるのを、見ちゃったんです……。
「泥蝦」ヌマエビの中国名としてもおかしくない。なお、「ドロエビ」は、十脚目抱卵亜目コエビ下目エビジャコ上科エビジャコ科クロザコエビ属クロザコエビ Argis lar の地方異名として各地にあるが、海産でモロ、エビエビしたもので本種ではあり得ない。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページを参照されたい。
「塘池」「池塘」に同じ。狭義には、湿原の泥炭層に出来る池沼を指す。]
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