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2022/01/02

萩原朔太郎詩集「純情小曲集」正規表現版 濱邊

 

   濱 邊

 

若ければその瞳(ひとみ)も悲しげに

ひとりはなれて砂丘を降りてゆく

傾斜をすべるわが足の指に

くづれし砂はしんしんと落ちきたる。

なにゆゑの若さぞや

この身の影に咲きいづる時無草もうちふるへ

若き日の嘆きは貝殼もてすくふよしもなし。

ひるすぎて空はさあをにすみわたり

海はなみだにしめりたり

しめりたる浪のうちかへす

かの遠き渚に光るはなにの魚ならむ。

若ければひとり濱邊にうち出でて

音(ね)もたてず洋紙を切りてもてあそぶ

このやるせなき日のたはむれに

かもめどり涯なき地平をすぎ行けり。

 

[やぶちゃん注:「時無草」『萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 秋』の私の「時無草」の注を参照されたい。

 初出は大正二(一九一三)年十一月号『創作』。以下に示す。「くつれし」「かけ」「よしてもなし」はママ。植字工・校正係のミスが疑われる。

   *

 

 濱邊

 

若ければその瞳も悲しげに

一人はなれて砂丘を降り行く

傾斜をすべる我が足の指に

くつれし砂はしんしんと落ちきたる。

何故の若さぞや

この身のかけに咲きいづる

時無草もうちふるへ

若き日の嘆きは貝がらをもてすくふよしてなし

ひるすぎて空はさ靑にすみわたり

海は淚にしめりたり

しめりたる浪の打ち返す

かの遠き渚に光るは何の魚ならむ。

若ければ一人濱邊にうち出でゝ

音も立てず洋紙を切りてもてあそぶ

このやるせなき日のたはむれに

かもめどり

ぴよろぴよろと涯なき地平をすぎも行けり。

 

   *

また、筑摩版全集の草稿ノート「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」に草稿がある。以下に示す。

   *

 

 濱邊

 

若ければその瞳(ひとみ)も悲しげに

一人はなれて砂丘を下りゆく

傾斜をすべる我が足の指に

くづれし砂はしんしんと降ち來る。

何故の若さぞや

この身の影に咲き出づる

時無草もうちふるへ

若き日の嘆きは貝がらをもてすくふよしもなし

ひるすぎて空はさ靑に澄み渡り

海は淚にしめりたり

しめりたる浪の打ち返す

かの遠き渚に光るは何の魚ならむ。

若ければ一人濱邊にうち出でゝ

音(ね)も立てず洋紙を切りてもてあそぶ

このやるせなき日のたはむれに

かもめどり

ぴよろぴよろと涯(はて)なき地平を飛びも行けり

         (大正二年八月二十七日)

                  四萬ニテ

 

   *

以上の草稿には編者注があり、『題名の下にS.S.と記されている』とある。この「S.S.」は同ノートに頻繁に見られるが、底本の解題によれば、雑誌『創作』の略号であるとあり、『發表を予定して附けられたものと思われる』とある。

「四萬」群馬県吾妻郡中之条町にある四万(しま)温泉周辺のこと。年譜によれば、この年の八月上旬に朔太郎は定宿であった四万温泉の積善館(グーグル・マップ・データ)に滞在していた。但し、滞在中に発病し、父の見舞いを受けている。なお、御覧の通りの山中の宿であり、本篇のロケーションは思うに、或いは、「ソライロノハナ」に出る平塚の海辺かとも思われなくはないが、「砂丘」という謂いからは、この大正二年五月に、妹ユキと千葉県一宮方面に十日間ほどの旅行をしており、こちらの方が遙かにそれらしい。私の「萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 一宮川旅情の歌」を読まれたい。明らかに詩想に強い親和性が認められるのである。されば、四万温泉での湯治中に、数ヶ月前の思い出を想起して作ったものと考えられる。]

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