毛利梅園「梅園介譜」 水蟲類 獨螯蟹(テンボウガニ) / シオマネキ
[やぶちゃん注:底本のここからトリミングした。]
獨螯蟹(てんぼうがに)【「本草」に『大毒有り』と云ふ。紀州「和哥の浦」に、又、一種、小蟹あり、色、白く、片爪、小なり。是れも、「てんぼうがに」と云ふ。】
桀歩(ケツホ)
【「しをまねき」「かたつめがに」。紀州和哥浦産。】
[やぶちゃん注:どうも標本個体に問題があるのか、珍しく絵がよくない。キャプションからは、
抱卵(エビ)亜目短尾(カニ)下目スナガニ上科スナガニ科スナガニ亜科シオマネキ属 Uca
であることに違いはないが、図は特に鉗脚の形がどうも不審で、孰れのシオマネキ類とも似ていない。しかし、その鉗脚が、有意に紅色を呈しているところからは、♂の大鋏表面に顆粒が密集し、くすんだ赤色を呈する、
シオマネキ Uca arcuata
甲長(縦長)は二センチメートル、甲幅(横長)は三・五センチメートルに達し、日本産シオマネキ類の最大種のそれに比定同定してよい。甲が逆台形をしている特徴も図によく出ている。ちなみに、分布域から、今一つ、ハクセンシオマネキ Uca lactea がいるが(寧ろ、共生する分布域ではハクセンシオマネキの方が個体数は多いと当該ウィキにはある)、ハクセンシオマネキは甲が長方形に近く、シオマネキより左右の眼柄の間が広い。この図の上部の二つの突起は眼柄の名残りと見え、横長からみて、それに齟齬しない。有明海沿岸では、私の好きな「がん漬」という塩辛にされたが、少なくとも、今、私の手に入るそれは、ラベルに蟹は中国産とある。なお、孰れも、現在、本邦では絶滅危惧II類(VU)に指定されている。なお、私は本邦では未だにシオマネキの自然群体を実見したことはない。初めて実見したのは、修学旅行の引率で訪れた、オーストラリアのケアンズの砂浜の脇の汚い排管の周囲でのことだった。それは私の当時の記事「臨海博士、グリーン島にて海外デビュー!」を読まれたい。
「獨螯蟹(てんぼうがに)」「てんぼう」は既出既注。この場合は恐らく、肥大化していない方の鋏足を切れた腕ととっての和名異名であろう。リンク先でも述べた通り、差別的ニュアンスがあるから、「てんぼう」は廃語とすべきである。
『「本草」に『大毒有り』と云ふ』「本草綱目」の「蟹」は「漢籍リポジトリ」のここの[106-21b]の直前から項立てされているが、海産物が苦手な時珍であるから、総てのカニ類を驚くべきことに、その項一つで纏めて解説してしまっている。「大毒」というのは、「集解」の頌氏の引用中に二箇所にあり(下線太字は私が附した)、
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故今南方捕蟹、差早則有銜芒、須霜後輸芒、方可食之、否則毒尤猛也。其類甚多。六足者名蛫音詭、四足者名牝、皆有大毒、不可食。
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と、如何にも怪しげな記載である。ただ、正常に見えない、片腕の肥大と、奇体なウェーヴィング行動は、古えは、特別な異形(いぎょう)蟹として、食べてはならないと禁忌としたことは腑に落ちはする。なお、梅園が漢名として挙げる「桀歩」は、この後の方に、
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一螯大、一螯小者、名「擁劍」、一名「桀歩」。常以大螯鬬、小螯食物。
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とあって(「鬬」は音「トウ」で「鬪」に同じ)、これはシオマネキの類であることは間違いない。さらに言えば、梅園の謂いは正しくなく、時珍は後の「氣味」の条で「鹹寒有小毒」と規定している。
『紀州「和哥の浦」』この附近(グーグル・マップ・データ)。歌枕として知られ、古くから貝拾いの名所でもあった。
『又、一種、小蟹あり、色、白く、片爪、小なり。是れも、「てんぼうがに」と云ふ。』これは明らかに、
ハクセンシオマネキ Uca lactea
と採るべきである。
「しをまねき」「しほまねき」が正しい。「潮招き」。
「かたつめがに」「片爪蟹」。]
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