譚海 卷之四 紀州高野山大瀧不動尊の事
[やぶちゃん注:物語風なので、特異的に段落を成形した。その関係上、特異的に読点や記号を追加してある。]
○紀州高野山奧の院山中に「大瀧」と云(いふ)有(あり)、常に人のいたらざる所也。
ある人、山中に逗留せしに、
「けふは、ふしぎなる事を見せ申さん。」
とて、院の僧侶、伴ひて、件(くだん)の瀧のもとに行(ゆき)ぬ。
瀧は高崖(たかはな)より落(おち)て、幅三、四間も有(あり)。
其瀧の半腹に向ひて、谷に臨める大なる岩に坐せしめて、彼、言云(いひていは)く、
「一心に光明眞言を唱ふべし。眞言ならでは、ふしぎ有(あり)がたし。」
と、いひければ、同伴の者、合掌して、一心に神呪をとなふる事、半時斗(ばか)りありしに、此瀧の水、二つに分れて、その瀧の石壁に、不動尊をきざめる像、ありありと拜れたり。
みな、ふしぎにおもふほどなく、又、瀧水、合(がつ)して一筋に落(おち)たり。
かくて又、いよいよ、眞言を唱ふる間、又、瀧水、わかれて、尊像、みへ給ふ。
如ㇾ此なる事、三、四度に及(およん)で、
「今は。」
とて、下向しぬ。
「けふは、天氣能(よく)て、あざやかに拜(おがま)れ給ふ也。つねは、霧ふかき所にして、たまさかに、けふのごとく、拜るゝ事なり。」
と、かたりぬ。
[やぶちゃん注:これは、現在の和歌山県伊都郡高野町大滝にある高野大滝(グーグル・マップ・データ)のことと思われる。「高野山麓 橋本新聞」の「初冠雪の高野・大滝、墨絵のよう♡瀑布の音も厳しく」という記事に、『大滝は、高野山から熊野本宮大社へ続く、小辺路(こへじ)入口付近の御殿川(みとのがわ)にあり、その地名も大滝という』とあり、『紀伊国の地誌「紀伊続風土記」』(文化三(一八〇六)年成立)『によると、大滝は「水の落ちるところの岩に 弘法大師不動像を刻む」と記されており、古来、小辺路を往来する旅人も、この雪の滝に見入り、崇(あが)めてきたに違いない』とあった(国立国会図書館デジタルコレクションの画像で同書の活字本を探したが、行き当たらなかった)。]
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