第一書房版「萩原朔太郞詩集」(初収録詩篇二十一篇分その他)正規表現版 「靑猫(以後)」 風船乘りの夢
風船乘りの夢
夏草のしげる叢(くさむら)から
ふはりふはりと天上さして昇りゆく風船よ
籠には舊曆の曆をのせ
はるか地球の子午線を越えて吹かれ行かうよ。
ばうばうとした虛無の中を
雲はさびしげにながれて行き
草地も見えず 記憶の時計もぜんまいがとまつてしまつた。
どこをめあてに翔けるのだらう
さうして酒瓶の底は空しくなり
醉ひどれの見る美麗な幻覺(まぼろし)も消えてしまつた。
しだいに下界の陸地をはなれ
愁ひや雲やに吹きながされて
知覺もおよばぬ眞空圈内へまぎれ行かうよ。
この瓦斯體もてふくらんだ氣球のやうに
ふしぎにさびしい宇宙のはてを
友だちもなく ふはりふはりと昇つて行かうよ。
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。初出は大正一二(一九二三)年一月号『詩聖』。以下に示す。「ふわりふわり」はママ。太字は同前。
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風船乘りの夢
夏草のしげる草叢(くさむら)から
ふわりふわりと天上さして昇りゆく風船よ
籠には舊曆の曆をのせ
はるか地球の子午線を越えて吹かれ行かうよ
ばうばうとした虛無の中を
雲はさびしげにながれて行き
草地も見えず 記憶の時計もぜんまいがとまつてしまつた。
どこをめあてに翔けるのだらう
さうして酒瓶の底は空しくなり
醉ひどれの見る美麗な幻覺(まぼろし)も消えてしまつた。
しだいに下界の陸地をはなれ
愁ひや雲やに吹きながされて
知覺もおよばぬ眞空圈内へまぎれ行かうよ。
この瓦斯體もてふくらんだ氣球のやうに
ふしぎにさびしい宇宙のはてを
友だちもなく ふわりふわりと昇つて行かうよ。
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