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2022/01/05

伽婢子卷之十三 虵癭の中より出

 

   ○虵(へび)、(こぶ)の中より出(いづ)

 

Kobukarahebi

 

[やぶちゃん注:挿絵は今回は最も全体にクリアーな岩波文庫高田衛編・校注「江戸怪談集(中)」(一九八九年刊)のものをトリミング補正した。頭部より一回り大きな腫瘤から最後の一匹が出でつつあって、都合、話柄通り、五匹の蛇が描かれてある。]

 

 河内の國錦部(にしごり)の農民が妻、項(うなじ)に、癭、出《いで》たり。

[やぶちゃん注:「錦部」「錦部郡(しにごりのこほり)」のこと。現在の河内長野市の全域及び富田林市の一部。地域は当該ウィキ地図で確認されたい。]

 初めは、蓮肉(れんにく)の大さなるが、漸(やうや)く庭鳥(にはとり)のかひごの如く、後には、終に三、四升ばかりの壺の大さなり。

[やぶちゃん注:「蓮肉」ハスの実。

「庭鳥(にはとり)のかひご」「かひご」は「卵子」。ニワトリの卵。]

 かくて、三升の後に、二升を入る甁(かめ)の如し。

[やぶちゃん注:意味がよく判らぬが、「新日本古典文学大系」版脚注は好意的に「三升」+「二升」と採り、『最後には五升入りの甕の大きさになったの意か。』とする。]

 甚だ重くして、立《たち》てゆく事、かなはず。もし、立《たつ》時には、かの癭を人に抱へさせて行く。

 更に痛む事、なし。

 よりよりは[やぶちゃん注:時々は。]、癭の中に、管絃音樂の聲、聞えて、是れに心を慰むに似たり。

 其後、癭の外に、針の先ばかりなる細く小さき孔、數千、あきて、空、曇り、雨、降らんとする時は、穴の中より、白き煙(けふり)の立《たつ》事、絲筋の如くして、空に昇る。

[やぶちゃん注:蛇は龍の仲間であり、水気と親和性があるから、「雲」「雨」「白き煙」(これも「雲」気である)、そして飛龍への憧れから「空に昇る」も腑に落ちる。]

 家の内の男女《なんによ》、皆、怖れて、

「此まゝ家に留め置かば、禍《わざはひ》とならんも知らず、只、遠く、野山の末(すゑ)にも送り捨てよ。」

といふ。

 此妻、なくなく、男に語るやう、

「わが此病《やまひ》、まことに誰《たれ》か嫌ひ惡(にく)まざらん。されば、遠く捨られたらんには、必ず、死すべし。又、是れを割(さき)ひらきたり共(とも)、死すべし。同じく死すべくは、割き開きて、中に何かある、見給へ。」

といふに、夫、

『げにも。』

と思ひ、大なる剃刀(かみそり)を求め、よく磨(と)ぎて、妻が項の癭のかしらを、竪(たて)さまに割り侍べりしが、血は少しも出《いで》ず、疵の色、白らけて、中より、蹕(は)ねやぶり、飛びて出たる物を見れば、長(たけ)二尺ばかりなる虵(へび)、五つまで、つき出たり。

 其色、或は黑く、或は白く、又は、靑く、又は黃也。

 鱗、立ち、光り有《あり》て、庭の面《おもて》に這ひゆきしかば、家人、皆、驚き、打ち殺さんとす。

 夫、更に制して、許さず。

 時に當りて、庭の面に、一つの穴、出(いで)來て、虵、皆、其中に入《いり》たり。

 其穴、深くして、底を知らず。

 かくて、神子(みこ)を賴み、梓(あづさ)にかけて、此事を尋ねしかば、神子、口走りていふやう、

「其かみ、この妻、妬み深く、内に召し使ひける女のわらはを、夫、寵愛せし事を、腹立《はらだて》、惡(にく)みつゝ、女の童が首本(くびもと)に嚙みつきて、喰(く)ひ切りければ、血の流るゝ事、瀧の如し。鐵漿(かね)黑くつけたる齒にて嚙みければ、疵、深く腐り入て、終に、女の童、空しくなれり。其の恨み、深くして、今、此の虵となり、妻が項に宿りて、怨(あだ)を報(ほう)じ侍べり。たとひ、今、取り出されたり共(とも)、終には、殺して、怨を晴さんもの。」

といふ。

[やぶちゃん注:「梓(あづさ)にかけて」岩波文庫高田衛編・校注「江戸怪談集(中)」脚注に、『巫女が神おろしや口寄せする際』、『梓弓の弦をたたくことをいう。』とある。「国立民族学博物館」公式サイト内の「梓弓とイラタカ数珠」を見られたい。写真有り。なお、「梓」と呼ばれる木は複数あるが、現行、この呪的な弓材として用いられたものは、マンサク亜綱ブナ目カバノキ科カバノキ属ミズメ Betula grossa に比定されている(漢字表記は「水目」)。]

 側(そば)に居たる人のいふやう、

「其事は、返らぬ昔になり侍べり。心をなだめて、與(あた)へよ。其の爲には、僧を請じて、跡、よく吊(とふら)ひ侍べらん。」

と云へば、神子、又、口ばしりけるやう、

「其時の恨み、誠に、骨に透(とほ)り、幾たび、生を替(か)ゆるといふとも、忘るべき事には、あらず。され共、『跡吊ひて得さすべし』といふが嬉しきに、是れにぞ、心を慰み、許し侍べらん。とてもの事に[やぶちゃん注:ついでながら。]、望む處、あり。かなへて、得させんや。」

といふ。

 側なる人、

「如何なる事也共(《なり》とも)、かなへて、得さすべし。とく、とく、いへ。」

と云《いふ》に、神子、うちうなづき、淚を流し、

「此世に生きて有りし時より、『尊(たふと)き物は「法花經」なり』と思ひ侍べりし。今猶、尊く覺ゆるに、一日頓寫(《いちにち》とんしゃ)の經、書きて、囘向(ゑかう)して吊ひてたべや。又、其疵には、胡桐淚(ことうるゐ)を、塗り給へ。」

とて、去りにけり。

[やぶちゃん注:「一日頓寫」「牡丹燈籠」で既出既注だが、再掲すると、追善供養のために大勢の者が集まって分担し、一部の経を一日で書写し終えること。多くは「法華経」を写す。「法華経」は二十八品、「一部八巻」と呼ばれ、総字数は六万九千三百八十四文字とされ、四百字詰の原稿用紙に換算すると、百七十三枚余となる。

「胡桐淚」キントラノオ目ヤナギ科ヤマナラシ属ハコヤナギ属コトカケヤナギ Populus euphratica の樹液。当該ウィキによれば、『アフリカ北部から、中東、中央アジア、中国西部にかけての広い地域に分布』し、『中国では本種の』九十%は『新疆ウイグル自治区に集中し、さらにその』九十%は『タリム盆地に集中しており、絶滅危惧種に指定され』、『保護区となっている』とあり、古くから民間薬として樹皮が用いられ、『駆虫薬(虫下し)の作用があると伝えられ』て、『小枝を噛んで歯磨きにも用いられる』とある。日本語のウィキでは「胡楊」とするが、中文ウィキには「漢書」に「胡桐」の異名が載るとある。明の李時珍の「本草綱目」の巻三十四「木之一」の末尾に「胡桐淚」が載り、「釋名」で別名を「胡桐鹼」とし、「胡桐淚、是胡桐樹脂也」と記し、松脂のような樹脂とあり「主治」によれば、適用疾患として、「大毒熱心腹煩滿水」・「主風蟲牙齒痛」・「風疳䘌齒骨瘤風」(☜)・「瘰癧非此不能除」・「咽喉腫痛水」を挙げる(「漢籍リポジトリ」のこちらの最後の「返魂香」の前[083-69a][083-70b]を見られたい(影印本も視認出来る)。ブログ「蘆沓 RESEARCH」のSEIAONVWI氏の「教えて 胡桐涙の実態と歯科利用」の記事も詳しい。]

 言葉の如く、僧を請じて、一日頓寫の經、書きて、深く吊ひしかば、妻が心地も凉(すゞ)くなりぬ。

 さて、胡桐淚を尋ね求めて、塗りければ、癭の疵、終に癒へたり。

 妻、それよりして、物妬みの心を止め侍べりとぞ。

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