伽婢子卷之十三 幽鬼嬰兒に乳す
○幽鬼(いうき)、嬰兒(えいじ)に乳(にう)す
[やぶちゃん注:挿絵は、所持する三書の内、唯一、兄の顔が鮮明に見える「新日本古典文学大系」版のものをトリミング補正した。]
伊豫の國風早郡(かざはやのこほり)の百姓、ある時、家中、大小の人、打つゞきて、死す。其の外、村中の一族、殘りなく死去(《しに》うせ)て、只、兄弟二人、生き留(とゞ)まりぬ。
「傳尸勞瘵(でんしらうさい)の病は、まことに滅門(めつもん)に至る。」
といふ。定めて、是等、其のためしなるべし。
[やぶちゃん注:「風早郡」現在の愛媛県にあった旧郡。現在は松山市の一部。
「傳尸勞瘵」伝染性疾患や肺結核の総古称。但し、狭義には「傳尸」は「勞瘵」の中の一つで、道教絡みのそれで、「三尸虫」(さんしちゅう:これは人体にもともといるとされた想像上の怪寄生虫で、庚申の日になると、寝ている人の口から出てて、天帝に当人の近来の悪事を注進すると考えられた。そこでそれを防ぐために庚申の日には寝ないで語り合う習慣が生まれ、庚申信仰が形成された)という腹の中にいる虫が臓腑を蚕食することで起こり、一家親類中に伝染すると考えられていた。一方、「勞瘵」疲れ果てて、瘦せ細り、咳が続き、喀血を症状とする肺結核或いは重篤な別の肺疾患を指した。
「滅門」その家系が完全に絶えること。]
兄弟、愁へに沈みし所に、弟(おとゝ)の妻、又、空しくなる。
獨りのみ、明し暮すうちに、此春、生れたる子、あり。
[やぶちゃん注:主語は生き残った弟。兄弟は別々に家を持っていた。]
母に後《おく》れ、乳(ち)に飢つつ、よる晝、なきける悲しさ、見るにつけ、聞《きく》につけて、淚の絕ゆる隙《ひま》なし。
妻、死して、三十日ばかりの後に、弟の妻、其家に來りぬ。
初めは恐れしかども、夜每に來りしかば、後には、いとゞ睦じくして、さすがに捨て難く、夜もすがら、物語りする事、常の如し。
兄、此由を聞《きく》に、誠(まこと)しからず[やぶちゃん注:信用せず。「まことし」で一語の形容詞であるので注意。]、弟を戒めて曰はく、
「汝が妻、死して未だ中陰の日數をだに過《すご》さず、はや、何方《いづかた》よりか、女を呼び入れ、夜每に、語り明かす。是れ、世の人のため、誹(そし)りをうけ、耻(はぢ)を見るのみならず、『兄をだに、是れ程の事、いさめざるか。』と、人のいはんも、恥かし。
今より後は、せめて、妻の一周忌過《すぐ》るまで、こと女《をんな》[やぶちゃん注:他の女。]を召入るゝ事、あるべからず。」
といふ。
[やぶちゃん注:「中陰の日數」四十九日。「伽婢子卷之二 眞紅擊帶」で既出既注。]
弟、淚を流して曰はく、
「夜每に來る者は、死したる妻の幽靈にて侍る。初め、俄かに、門を扣(たゝ)く。
『我子に乳(ち)なくして、さこそ飢ぬらん。此事の悲しさに歸り來る也。』
といふ。門を開きて、内に入《いれ》たりしかば、赤子を抱きあげ、髮、かき撫でて、乳を含め侍べり。初の程こそ、恐ろしくも覺えけれ、後は睦じくて、夜もすがら、語りあかし、夜明くれば、去失(いにうせ)侍べる。更に日比に違(たが)ふ事は、なし。」
といふ。
兄、聞て思ふやう、
『一門、悉く死絕《しにたえ》て、只、我等、兄弟二人のみ、殘る。然(しか)れば、此《この》ばけ物、一定(《いち》ぢやう)[やぶちゃん注:必ずや。きっと。]、我が弟(をとゝ)を、誑(たぶ)ろかし、殺すべし。其時に至りては、悔(くや)むとも、甲斐、あるまじ。ばけ物と雖も、妻と化(け)して來(く)る上は、弟、更に思ひ切るべからず。我れ、是れを殺さばや。』
と思ひて、長刀《なぎなた》を橫たへ、弟にも知らせず、忍びて、門の傍らに居たり。
案の如く、亥の剋[やぶちゃん注:午後十時頃。]ばかりに、門を開きて、立入《たちいる》者あり。
兄、走りよりて、
「丁《ちやう》」
と、なぎ伏たり。[やぶちゃん注:「ちやうと」は古くは「ちやうど」で副詞で、物が強くぶつかり合うさま。また、その音を表す語。「はっし!」「ばしっ!」に当たるオノマトペイアが元であるので、私は「音」としてかく分離して表記することにしている。]
彼(か)の者、聲をあげ、
「あな、悲しや。」
とて、逃げ去りぬ。
夜明けて見れば、血、流れて、地にあり。
兄弟、其血の跡を認(とめ)て行くに、妻を埋(うづ)みし墓所(はか《しよ》)に至る。
弟の妻が尸(かばね)、墓の傍らに、倒れて、死す。
墓を掘りて見れば、棺(くわん)の内には、何も、なし。
元の如く、妻が尸を納め埋みしが、赤子(あかご)も、死《しに》けり。
幾程なく、兄弟ながら、打續きて、死失(《しに》うせ)ければ、一門、跡、絕たり。
[やぶちゃん注:怪談として人口に膾炙している「飴買い幽霊」或いは「子育て幽霊」(当該ウィキを参照)などと呼ばれる心霊譚を意識したもので、また、所謂、知られた哀しい霊的妖怪「産女(うぶめ)」をも射程に入れているものと考えてよい。話としては捻りに欠けるが、この類型の近世怪奇談としては、ごく早期に属し、十全に評価されるべきものと考える。実話系の話では「耳囊 卷之九 棺中出生の子の事」(リンク先は私の古い電子化訳注)がよく書けており、「うぶめ」となると、私の「怪奇談集」の「宿直草卷五 第一 うぶめの事」や、ちょっとペダンティクだが、「古今百物語評判卷之二 第五 うぶめの事附幽靈の事」があり、話として私の非常に好きな一篇は、映像的に優れた『小泉八雲 梅津忠兵衛 (田部隆次訳) 附・原拠「通俗佛敎百科全書」上巻「第百八十二 產神の事」』にとどめを刺す。]
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