第一書房版「萩原朔太郞詩集」(初収録詩篇二十一篇分その他)正規表現版 「靑猫(以後)」 沼澤地方
沼 澤 地 方
蛙どものむらがつてゐる
さびしい沼澤地方をめぐりあるいた。
日は空に寒く
どこでもぬかるみがじめじめした道につづいた。
わたしは獸(けだもの)のやうに靴をひきずり
あるいは悲しげなる部落をたづねて
だらしもなく 懶惰(らんだ)のおそろしい夢におぼれた。
ああ 浦!
もうぼくたちの別れをつげよう
あひびきの日の木小屋のほとりで
おまへは恐れにちぢまり 猫の子のやうにふるへてゐた。
あの灰色の空の下で
いつでも時計のやうに鳴つてゐる
浦!
ふしぎなさびしい心臟よ。
浦 ! ふたたび去りてまた逢ふ時もないのに。
[やぶちゃん注:「懶惰」の「懶」は(つくり)が「頼」の字になった異体字(「グリフウィキ」のこれ)であるが、表示出来ないので「懶」とした。前の「猫の死骸」に続く同じ――亡き幻しの「浦」詩篇――である。また、私の中学時代の萩原朔太郎原体験詩篇の忘れ難い一つであもある。「沼澤地方」という荒涼としたこの詩語は、確かに私の小さな心臓を抉ったのであった。
初出は大正一四(一九二五)年二月発行の『改造』。既に古く私は「沼澤地方 萩原朔太郎 (初出形 附 改稿3種)」を公開しているので、そちらを参照されたい。]
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