萩原朔太郎 宿醉
宿醉
咲二
堪えがたき惡寒(おさむ)おぼへて
ふとめざむれば室内(へやうち)の
壁わたる鈍き光や
障子を照らす光線の
やゝ色づきて言ひ知らず
ものうきけしき
物の香のたゞよふ
宿醉の胸苦し
腦は鉛の重たさに
えたえず喉は
ひしひしとかわき迫り
口内(くぬち)のねばり酒の香
くるめくにがき嘔(ゑ)づく思
そゞろにもけだものゝ
かつえし心
獰惡のふるまひを
思ひでゝ怖れわなゝく
下卑たる女の物言ひざま
はた酙人の低き鼻
どすぐろき頰の肉
追はんとすれど執拗(しうよう)の
まぼろしは醜かり
しかすがに昨宵(よべ)の現(うつゝ)に
狂ひしよたゞ接吻のえまほしく
肉ふるはせて抱きしは
我が手なり、唇(くちびる)に臭ぞ殘る
放埒の慾心の
あさましく汚らはし
あゝ悔恨は死を迫る
つと起き出でゝよろよろと
たんすを探る闇の中
しかはあれ共ピストルを
投げやりておのゝきぬ
怖れぬ床に身を臥して
そのたまゆらに狂ほしく
稚子のようにも泣き入りぬ
さはしかすがに事もなく
夜の明けたるを悅びて
感謝の手をば合せぬる。
[やぶちゃん注:筑摩版「萩原朔太郞全集」第三巻の「拾遺詩篇」より。初出のそのままを電子化した。則ち、歴史的仮名遣の誤り・誤字・誤表記ルビなどは総てママである(かなりひどい)。初出は明治四二(一九〇九)年五月号『おち葉』で、ご覧の通り、ペン・ネームは「咲二」を使用している。当時、朔太郎は満二十二で岡山高等学校一年次生であった(この年の七月に落第して原級留置)。なお、本篇を電子化した理由は、私の次に記事『萩原朔太郎詩集「宿命」「散文詩」パート(「自註」附) 正規表現版 宿醉の朝に』の私の注を参照されたい。そこで私は「宿醉」は「しゆくすい」の音読みと決定(けつじょう)している。
「獰惡」(だうあく(どうあく))は性質が乱暴で荒っぽいこと。]
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