第一書房版「萩原朔太郞詩集」(初収録詩篇二十一篇分その他)正規表現版 「靑猫(以後)」 荒寥地方
荒 寥 地 方
散步者のうろうろと步いてゐる
十八世紀頃の物さびしい裏街の通りがあるではないか
靑や赤や黃色の旗がびらびらして
むかしの出窓に鐵葉(ぶりき)の帽子が飾つてある。
どうしてこんな情感のふかい市街があるのだらう
日時計の時刻はとまり
どこに買物をする店や市場もありはしない。
古い砲彈の碎片(かけ)などが掘り出されて
それが要塞區域の砂の中でまつくろに錆びついてゐたではないか
どうすれば好いのか知らない
かうして人間どもの生活する 荒寥の地方ばかりを步いてゐよう。
年をとつた婦人のすがたは
家鴨(あひる)や鷄(にはとり)によく似てゐて
網膜の映るところに眞紅(しんく)の布(きれ)がひらひらする。
なんたるかなしげな黃昏だらう
象のやうなものが群がつてゐて
郵便局の前をあちこちと彷徨してゐる。
「ああどこに 私の音づれの手紙を書かう!」
[やぶちゃん注:初出は大正一二(一九二三)年一月号『極光』であるが、当該雑誌が見つからず、採集不能と、筑摩版全集の解題にある。私の萩原朔太郎原体験の中の忘れ難い一篇である。私の古い「荒寥地方 萩原朔太郎」、及び、本篇の一部を改変して版画キャプションに用いた「市街之圖 萩原朔太郎 (版画2タイプ掲示)」(孰れも先ほど、正字不全を修正した)を見られたい。]
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