萩原朔太郎詩集「定本 靑猫」正規表現版 波止場の煙
波 止 場 の 煙
野鼠は畠にかくれ
矢車草は散り散りになつてしまつた。
歌も 酒も 戀も 月も もはやこの季節のものでない
わたしは老いさらぼつた鴉のやうに
よぼよぼとして遠國の旅に出かけて行かう。
さうして乞食どものうろうろする
どこかの遠い港の波止場で
海草の焚けてる空のけむりでも眺めてゐよう。
ああ まぼろしの處女(をとめ)もなく
しをれた花束のやうな運命になつてしまつた
砂地にまみれ
砂利食(じやりくひ)がにのやうにひくい音で泣いてゐよう。
[やぶちゃん注:『萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 波止場の烟』を見られたいが、異同は、
・標題が「波止場の烟」であること。
・二行目・五行目・八行目の末に句点がないこと。
・八行目末が「ゐやう」となっていること。
・九行目の「處女(をとめ)」が「乙女」(ルビなし)であること。
・終行の頭が「礫利食(じやりくひ)がに」となっていること。
・終行の「音」にはちゃんと「ね」のルビがあること。
・終行の末尾が「居よう。」となっていること。
である。]
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