萩原朔太郎詩集「定本 靑猫」正規表現版 群集の中を求めて步く
群集の中を求めて步く
私はいつも都會をもとめる
都會のにぎやかな群集の中に居るのをもとめる
群集はおほきな感情をもつた浪のやうなものだ。
どこへでも流れてゆくひとつのさかんな意志と愛欲とのぐるうぷだ。
ああ 春の日のたそがれどき
都會の入り混みたる建築と建築との日影をもとめ
おほきな群集の中にもまれてゆくのは樂しいことだ。
みよ この群集のながれてゆくありさまを
浪は浪の上にかさなり
浪はかずかぎりなき日影をつくり、日影はゆるぎつつひろがりすすむ。
人のひとりひとりにもつ憂ひと悲しみと、みなそこの日影に消えてあとかたもない。
ああ このおほいなる愛と無心のたのしき日影
たのしき浪のあなたにつれられて行く心もちは淚ぐましい。
いま春の日のたそがれどき
群集の列は建築と建築との軒をおよいで
どこへどうしてながれて行かうとするのだらう。
私のかなしい憂鬱をつつんでゐる ひとつのおほきな地上の日影。
ただよふ無心の浪のながれ
ああ どこまでも どこまでも この群集の浪の中をもまれて行きたい
もまれて行きたい。
[やぶちゃん注:本篇は、先行する詩集「靑猫」と「蝶を夢む」の孰れにも収録されている。
に以上の「定本 靑猫」版を掲げて、その異同と、「定本 靑猫」での配置としての装置性について、やや批判的に評をしてある。また、再録された、
萩原朔太郞詩集「蝶を夢む」正規表現版 群集の中を求めて步く
で前者で示し忘れていた初出を示してあるので、ホテルの上にホテルを建てるような注は必要ないと考える。]
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