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2022/01/17

毛利梅園「梅園介譜」 水蟲類 蝦(モクチ) / ユビナガスジエビ?

 

[やぶちゃん注:右上の「蝦」の字は、実際には(「虫」+「殳」)の字であるが、これは「蝦」の異体略字であるので、「蝦」に代えた(後の『「本草綱目」巻第四十四』の次の行の「鰕」の字の(つくり)も同じであるが、「鰕」に代えた)。下方のやや中央寄りの文字列は対象個体の書写したクレジット。左端にある記載は、本図の一種に与えたものではなく、底本の本図全体の内の、右下の海鼠を除いた四体描かれたエビ類の総解説として記されたものであるが、ここで電子化しておく。右手の黒く突き出した二本は先のテナガエビの第二歩脚が突き出たもので、同じく右手から出ている細い二本はテナガエビの触角である。下方の背と触角を見せているエビは、本種とは異なる「蝦(シバエビ)」として、下方に描かれた二個体の内の一つで、右手の文字列もそれらへのもので関係ない。]

 

Mokuti

 

蝦〔一種。もくち。〕

 

癸巳(みづのとみ)林鐘(りんしやう)四日、眞寫す。

 

「本草綱目」巻第四十四

鰕〔えび。〕一名「何」。「長鬚公」。「曲身小子」。

鰕は「川ゑび」の惣名なり。時珍曰はく、『鰕、湖江に生ずる者、大にして、色、白し。溪地に出づる物、小にして、色、青し。其の青色なる者を「青蝦(しばゑび)」と曰ひ、白色なる者、白蝦(しらさい)と曰ふ。』と。

 

[やぶちゃん注:情報が「モクチ」という名だけで、これは困った。全図の先の右手のテナガエビ(♂と推定)と対照して見ると、同じく第二歩脚が伸びており、同じテナガエビの♀か、或いは、若年個体かとも思った。既に古くから食用にされてきたテナガエビであれば、それらに「モクチ」(この異名は今に生きていない模様である)という異なった名を附けたとしても、見かけが異なるからにはあり得ぬでもないとは逆に思う。しかし、どうもすっきりしない。「モクチ」という名を眺めていると、「モ」は「藻」かと思い、沿岸性の十脚(エビ)目根鰓(クルマエビ)亜目クルマエビ上科クルマエビ科ヨシエビ属モエビ Metapenaeus moyebi を想起したものの、同種は歩脚はここまで有意には伸びないから、違う。梅園が敢えてテナガエビの対位置にこれを描いたのは、まず、その伸びた第二歩脚による共通性からと考えてよく、体色も敢えてよく似た感じで描いている(そういうバイアスがかかったということ。実際の体色は少し違ったかも知れない)。そこで考えたのは、

十脚目テナガエビ科スジエビ属ユビナガスジエビ Palaemon paucidens

であった。彼らは、テナガエビほどではないにしても、やはり第二歩脚が長くなる。画像はサイト「浦安水辺の生き物図鑑」の「ユビナガスジエビ」を見られたい。それらしい。特にテナガエビの図と突き合わせると、私などは「いかにも!」と感じた。取り敢えず、それを第一候補としておく。

「癸巳」天保四(一八三三)年。

「林鐘四日」「林鐘」は陰暦六月の異名。天保四年六月四日は、グレゴリオ暦一八三三年七月二十日である。

『鰕〔えび。〕一名「何」。「長鬚公」。「曲身小子」。』ちょっと意外なのだが、かくも『「本草綱目」巻第四十四』とやらかしておきながら、同原本を見ても、この異名は見当たらないので少々不審に思った。而して、もしやと思ったのが図に当たった。この異名は「本草綱目」ではなく、梅園先生、これって、小野蘭山の「重修本草綱目啓蒙」じゃありませんか! 国立国会図書館デジタルコレクションの同書の巻三十「無鱗魚」の「鰕」の冒頭だ。そこに(太字は底本では囲み字)、

   *

  エビ 一名「何」【鄭樵「爾雅註」。】・「長鬚公」【「事物異名」。】・「虛頭公」・「曲身小子」【「共同」上。】・「魵」【「正字通」。】・「長髯公」【「類書纂要」。】

   *

とあって、「鰕は『かはえび』の總名なり」と始まってますな。ちょっと、それは、まずいでしょうねぇ。但し、「時珍曰」以下の部分は、確かに「本草綱目」同巻の「鰕」の「集解」からの引用ではある。「漢籍リポジトリ」のこちらの[104-51a]の影印画像を見られたい。

「湖江」大きな湖や大河(具体的には洞庭湖と長江)。

「溪地」溪谷。時珍は湖北省出身で、概ねそこで医業と本草研究に勤しんだ。則ち、彼の海産生物の記載に誤りが多いのは、実地に中国沿海の地方を見聞して対象物を調べることが殆んどなかったからである。

「青蝦(しばゑび)」次と合わせて、「本草綱目」を引いておき乍ら、それに和名の具体なエビの名を読みで附すというのは、流石にどうかと思われる。そもそも、時珍は以上に述べた通りで、純淡水産のごく内陸性の淡水エビしか指して言っていないのだから、これに和名種の名を宛がうこと自体が、とんだ仕儀であることは、当時の素人でも判ることで、甚だ以って不審極まりないことなのである。ただ、こちらは実は本図の下方にある「鰕一種」とあるのに「シバエビ」とルビを振っており、右側の異名の最初に「青蝦」を挙げていることからの、梅園の思い込みによる確信犯の仕儀ではある。現行の「シバエビ」は「芝蝦」(和名は嘗て江戸芝浦で多く漁獲されたことに由来する)で、内湾の泥底に好んで棲息するクルマエビ科ヨシエビ属シバエビ Metapenaeus joyneri である。

「白蝦(しらさい)」不詳。全く特定種を指さずに、比較的生体が白っぽい或いは半透明なエビをこう総称しているつもりなら、「シラエビ」「シロエビ」と書けばいいところを、「シラサイ」などと、特定種を指すような謂いをするのは、甚だ不審だ。特定の種を指しているとしか思われないが、判らぬ。このような異名だけをだされても困る。一つ、上田泰久氏のサイト「食材事典」の「車海老(くるまえび)」のページに「サイマキ」の項があり、業者や調理人は十五センチメートル以上を「車海老」、十~十五センチメートルのものを「マキ」、それ以下を「サイマキ(鞘巻)」と呼び、 特に大きい二十センチメートル以上のものを「大車(おおぐるま)」と呼ぶとあって、『サイマキという言葉の由来ですが、昔、武士の腰刀の鞘(さや)に刻み目が付いていて、車海老の縞模様がこれに似ていたので、車海老の略称を鞘巻き(さやまき)と言った』のが、『なまって、サエマキ、サイマキとなり、これが小さな車海老の呼び方になった、という話です』とあった。或いは、「シラサイ」というのは、「白鞘」で、白い或いは透明なエビの外骨格を言っているのかも知れないな、とは思ったことを言い添えておく。まあ、生体が透明で、死ぬと白く濁る淡水産(「本草綱目」だから)となると、本邦ならば問題なく、テナガエビ科テナガエビ亜科スジエビ属スジエビ Palaemon paucidens を名指すことが出来るけれども。昔は裏山の藤沢の貯水池の出水口で、沢山、獲れたものだったに。]

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