甲子夜話卷之六 36 大石藏之助自畫像
6-36 大石藏之助自畫像
播の赤穗にて、大石内藏助が自畫迚、自ら像を畫がきしを摸版にして售る。但、復讎の前、かの奴の又助と云るに、畫きて形身に與しものと云。其像、小きあみ笠を冒り、まき羽織にして、袴を高股だちに奉り、脛を露せり。又、双刀を、おとし指に帶たるが、殊に長劍にして、角鍔なり。奴は【又助。】いと鬢にて、衣を臀の見ゆるほど高く揭げ、長き一刀をさす。是は大石が身を匿してありしとき、仇家の物色を畏れ、わざと酒色に耽り、他念なきものと人に思はせんとて、屢、娼門に遊しとき、彼僕を從へ行しゆゑ、生別の贈と爲しと也。花柳に赴ものは其體も游冶ならんに、今の容態とは眞に殊なり。これにても、その時世の風俗を見るべきなり。
■やぶちゃんの呟き
「播」播磨の略。
「摸版」「もはん」。似せて描いたものを板刻にして刷り出したもの。
「售る」「うる」。
「冒り」「かぶり」。
「高股だち」「たかももだち」。
「脛」「すね」。
「おとし指」「おとしざし」。「落とし差し」。刀を無造作に垂直に近い形に腰に差す差し方。
「生別」「しやうべつ」と読んでおく。
「爲し」「なせし」。
「游冶」「いうや」。「冶」は「飾る」の意。遊びに耽り、容姿を飾ること。また、その男(そうした遊び人を「遊冶郎」(ゆうやろう)とも呼ぶ)。
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