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2022/01/30

毛利梅園「梅園介譜」 水蟲類 蟹二種 蘆虎(アシワラガニ)・蟙(ツマジロ・スナガニ) / マメコブシガニ・スナガニ

 

[やぶちゃん注:底本のここからトリミングした。この丁の図は、皆、小さい。下方の二つの図は同一個体の背部の図と腹部の図と採る。そして、トリミングした図上部の蟹のキャプションが左手で下方まで遙かに進出してしまっており、面倒なことに、その解説で梅園は、どうも、右下方の一種と、呼称の問題に於いて、合わせて、意見を書いている。また、「コブシガニ」と書いた異名の右下方に「大和本草」とあるのは、今までの梅園の記述法からみて、上の「コブシガニ」の出典と採ったのだが(後注参照)、この「大和本草」がこれまた、下方の別の蟹一種のキャプションに、やはり、侵入しているため、この二種を図として分離することが甚だ困難であるだけでなく、最後の解説の両種への見解である以上、今回は二種三図を纏めてトリミングするのが妥当という結論に達した。何故なら、そもそも、写生したことを示すクレジットが一つしかないことに注目すれば、これらの二個体を同時に真写し、これらの解説を書いたと考えるのが自然だと判断したからである(だから、解説文が錯綜し、しかも内容も両者に亙るのである)。なお、実際には、以下の画像の上部中央には、さらに、先の「虎蟳/タカアシガニ」のキャプションの一部が食い込んでいるのだが、流石に五月蠅いので、今回は文字のない本丁の一部分を切り取り、それをそこに貼りつけて、意図的に消してある。二種の間に「*」を設けた。]

 

Kobuasiwaragani

 

「本草」に出づ。

 蟹一種

 【「まめがに」・「こぶしがに」【「大和本草」。】。】

「他識扁」、

 比(ヒ)【「四つ足がに」。「小がに」。】

 

「臨海水土記」に曰はく、

      蘆虎(ロコ)

「閩書」に曰はく、

      金錢蟹(きんせんがに)【ともに「豆がに」・「いぞ〻」【備前。】・「あしわらがに」。「彭螖(ハウコツ)」は「唐人がに」・「豆がに」にするは非なり。「多識扁」、誤りて出だすか。】

 

   *   *   *

 

「本草」に出づ。

  蟹一種

 ◦「つまじろ」。

 ◦「小がに」。

「多識扁」、

  彭螖

  「とろがに」。

「魚鑑」、

  蟙

  「すながに」。

  一名、「つまじろ」。

  「かくれがに」。

 

癸巳下春廿有七日、眞寫す。

 

[やぶちゃん注:本種は図が小さい上に、現在の異名としてヒントにするには、あまりに汎用的なものであることや、別に標準和名に酷似するものあるものの、図の形状から見て、それらではあり得ないとしか思えない現代の異名(「アシワラガニ」・「ツマジロガニ」・「カクレガニ」等々)が陸続としてあり、梅園が引用している漢籍類の漢語名は、言わずもがな、生物学的に本邦産種のどれそれに同定比定することは、殆んど無効に近いものだからである。かなり、手数が懸かったのであるが(その過程は消去法の連続であり、煩瑣なものなので略す)、最終的に私は、上の一体の個体は、その甲部の特異な形状と、解説中の異名の「マメガニ」「豆ガニ」「コブシガニ」「小ガニ」「四ツ足ガニ」からの連想により、

十脚目エビ亜目短尾(カニ)下目カニコブシガニ科マメコブシガニ属マメコブシガニ Pyrhila pisum

に比定し、次に、下方の背・腹部図のカニであるが、これも、主に背部の甲部の形状と、特にその鉗脚の白さ、そして名の中にある「スナガニ」に着目して、

短尾下目スナガニ上科スナガニ科スナガニ属スナガニ Ocypode stimpson

に比定することとした。

 マメコブシガニは、本邦ではごく普通に岩手県以南から奄美大島までの各地の内湾の干潟の水際に棲息し、その小さいが、可愛い形状で、運動性能も比較的鈍いことから、私も何度も観察している。当該ウィキから引くと、『小柄なカニであり』、♂で甲長二・二センチメートル、甲幅二・一センチメートル程度である。『コブシガニ科』Leucosiidae『に共通の特徴として、甲羅は丸っこく』、『背面に盛り上がり、歩脚は短めで』、眼柄(目が先端についている柄)及び眼窩(眼柄全体を収納させる窪み)は孰れも『小さい』。『本種では』、『その背甲が丸くて』、『胃域と前鰓域の表面に』、『小さな顆粒がまばらにある。肝域はその縁沿いに小さな顆粒が列をなしており、その後方は角があって』、『左右に張り出している。なお』、『肝域が菱形の面を囲む形となるのは』、『本種の含まれる属の特徴である』。『背甲の周辺部にも顆粒が並ぶ。背甲の前縁から後縁へは』、『丸く滑らかに続く。出水孔は中央に隔壁があって』、『左右が接する。生きている時の色は変異が大きく、暗灰色、暗褐色などの地色に』、『白い大きな斑紋を持つものもあり、また歩脚には白褐色の横縞がある』。『甲羅は固く、また』、『腹綿も固く、腹面は白い』。鉗脚も『歩脚も』、『やや細長い』。『鋏は丈夫で強く、長節の上下の縁と、それに背面の基部付近中央寄りに顆粒が並ぶ。腕節の外側の縁に顆粒が並んで稜線を作る。掌部は幅が広く』、『やや扁平になっており、外側の縁に』一『列、背面に』二『列の顆粒の列がある。指部は掌部とほぼ同じ長さであり、その噛み合わせには小さな歯が並び、両方の指はどちらも先端が鋭くなっている』。『日本では岩手県から南の九州、奄美大島まで知られる。国外では朝鮮海峡、黄海、東シナ海に分布する』。但し、『本種がアサリの放流に伴って非意図的に放流されている実態もあり、その分布が拡大しているとの報告がある』。『内湾性の潮間帯、砂泥や砂礫泥の底質に生息する』、所謂、『内湾の干潟に生息する』カニ類の代表種と言ってよい。『また』、『河口域にも出現し、それらの環境では普通種である』。『しかし実際に個体群を調査したところ』、『多くの場所で干潟での生活は』一『年のうち』、実は『一定期間に限られていた。例えば福岡では』四『月下旬から』九『月中旬にかけての』六『ヶ月に限られ』、『残りの季節は潮下帯の深い場所で過ごす』。『地域によって多数個体が見られる場所もあれば』、『個体数が少なくて保護の必要性が論じられている地域もある』。『干潟の潮間帯に生息し、干潮時には』、『波打ち際や』、『水たまりで徘徊しているのが観察され』、『歩く際には前に進み、その速度は遅い』。『博多湾での観察では小型で殻の薄い二枚貝』の『ホトトギスガイ』(斧足綱翼形亜綱イガイ目イガイ科ホトトギスガイ属ホトトギスガイ Musculista senhousia )『やユウシオガイ』(異歯亜綱マルスダレガイ目ニッコウガイ科モモノハナ属ユウシオガイ Moerella rutila )等が捕食されていた。アサリ』(マルスダレガイ目マルスダレガイ科アサリ亜科アサリ属Ruditapes philippinarum )『の稚貝が餌となっていた例もあった。またアサリやマテガイ』(異歯亜綱マテガイ上科マテガイ科マテガイ属マテガイ Solen strictus )『の死体が殻を開いて露出したものを食べているのも観察された。他にイトゴカイ科』(環形動物門多毛綱イトゴカイ目イトゴカイ科 Capitellidae)『のものが砂で出来た棲管ごと』、『食べられていた。砂に鋏を差し入れて餌を探索する様子も観察された。このような観察例より小林は本種が肉食性であり、特に小型の二枚貝を中心に捕食すること、また大型貝類を捕食する能力はないものの、その死体の肉は利用するものと推定している。本種が多く食べているのが見られたホトトギスガイは』、『本種の見られない冬季に数を増すことから』、『本種の捕食圧がその個体数に影響する可能性も指摘している。他方、水産上の有用種であるアサリに対してはその影響は低いものと見ている』。『初夏に繁殖期を迎え』るが、そこ頃、♀を抱え込んだ♂が』、『よく見られるようになる』。この♂が♀を『後ろから抱え込む行動は多くのカニで確認されており、交尾の前後に行われるため』、「交尾前ガード」及び「交尾後ガード」と『呼ばれる。カニの種によっては交尾前ガードが重要なものと』、『交尾後ガードが重要なものがあ』るが、『マメコブシガニの場合は後者である。実験条件下では交尾前ガードの多くが数分程度であったのに対し、交尾後ガードは最長』三『日続いた。そのため』、『干潟で観察されるマメコブシガニのガード行動は多くの場合』、『交尾後ガードであると考えられる』。『抱卵は』六~八月に見られ、『幼生ではゾエアが』三『期ある。ゾエアは額棘のみを持ち、背棘と側棘を持たない』。『同属の種は日本にも他にあり、特にヘリトリコブシ P. heterograna はよく似ている。本種より』、『背甲の背面に顆粒が少なく』、『正中線上や縁取り部に限られることで』、『区別出来る。また』、『この種は砂泥質の浅い海底に生息し、本種の生息する波打ち際より』も、『沖に見られる』。『コブシガニ科のものは』、『一般には』、『より深い海に見られるものが多く、干潟に見られるものは少ない』(本種同定では、少ない干潟産のコブシガニ科の種及び本種の近縁種の画像も複数見たが、本図に最もしっくりくるのは本種であった)。『なお、属の分類の見直しから元のPhilyra が』七『つに分割されたため、本種の学名は以前の Philyra pisum から 現在のPyrhila pisum に変更されている』。『背甲の側面に大きなこぶがあるものが見られ、これは寄生性の等脚類であるマメコブシヤドリムシ』(節足動物門甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目等脚目ウオノエ亜目エビヤドリムシ科 Apocepon 属マメコブシヤドリムシ Apocepon pulcher『が鰓室に寄生しているものである』とある。

 一方のスナガニは、まず、所持する平成七(一九九五)年保育社刊「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅱ]」(西村三郎編著)によれば、甲長は二・五センチメートルまでとし、相模湾以南に棲息する近縁種ミナミスナガニ Ocypode cordimanus に似るが、眼窩外歯は前側方に尖り、前側縁は前後にほぼ真っ直ぐに走り、大鉗脚の掌部内部にはスナガニ科スナガニ属ツノメガニ Ocypode ceratophthalmus (実は当初、このツノメガニを、この背・腹部二図の第二個体に比定しようと思っていた。実際に複数の写真を見ると、本種がよく似ていたからである。しかし、調べたところ、信頼出来るデータの殆んどが、ツノメガニの分布を奄美大島以南としてあり、梅園が標本を取り寄せたり、多数の異名を確認出来るようなフィールドでないことが判明したため、排除した)同様の、鑢(やすり)状の顆粒列を備えることで区別出来る。男鹿半島以南の日本海沿岸、及び、岩手県から九州までの各地沿岸の砂浜に生息する。や夜行性だが、夏季の繁殖期には、昼間も巣穴から出て、盛んにウェイビングを行う。行動は極めて敏捷であるとする。次に、当該ウィキから引くと、『甲幅は』三センチメートル『ほどで、甲は背中側にやや膨らんだ長方形をしている』。鉗脚は『左右どちらかが大きく、大きい方の鋏の内側に顆粒列が並ぶ。歩脚は長く』、『がっしりしている。複眼は大きく、巣穴に入るときは』、『眼柄』『を倒して』、『眼窩』『に収納する。大きな複眼のとおり、視力が良い』。『成体の体色は、周囲に敵がいない時は』、『複眼以外が赤一色だが、怯えると』、『黄褐色』から『黒褐色になる。よって捕獲した時はたいてい黒っぽい。また』、『若い個体はコメツキガニ』(スナガニ科コメツキガニ亜科コメツキガニ属コメツキガニ Scopimera globosa )『に似た白黒のまだら模様だが、甲が平たく脚が長いこと、腹面の紫色が淡いこと、この』若年個体の頃かた、『既に足が速いことなどで区別がつく』。『日本では東北地方以南、日本以外では朝鮮半島・中国東岸・台湾まで東アジアの熱帯・温帯域に広く分布する。学名の種小名"stimpsoni"は、北西太平洋の無脊椎動物研究に功績を残したアメリカ合衆国の動物学者ウィリアム・スティンプソン』(William Stimpson 一八三二年~一八七二年:私の敬愛するエドワード・シルヴェスター・モースと同じく、かのルイ・アガシーに師事した。一八五三年から一八五六年にかけて「北太平洋学術調査艦隊」に参加し、北太平洋産の無脊椎動物を、多数、採集した。また、開国直後の日本でも採集を行っており、採集地として函館・下田・小笠原・沖縄などが記録されている。この探検で四新属三十四新種を含む実に十四科二十六属五十種の標本を収集した。後、シカゴ科学院院長となったが、一八七一年の「シカゴ大火」で科学院が類焼、彼の研究成果や標本も、その殆どが焼失、翌年に結核を患い、四十歳で亡くなっている。参照した当該ウィキをリンクさせておく)『に因んだ献名である』。『水のきれいな砂浜に生息し、満潮線付近に数十』センチメートルから一メートル『ほどの深い巣穴を掘る。潮が満ちてこないほどの高さに、直径が』二~三センチメートル『ほどの円形の穴があれば、スナガニか同属種の巣穴の可能性が高い。コメツキガニよりも高い位置に、大きい巣穴を掘るのが特徴である。巣穴の周囲は』、『掘った砂を薄く積み上げ、コメツキガニのそれよりも大きくていびつな「砂団子」が見られる。また、放棄された巣穴の周囲は砂が乾いているが、主がいる巣穴の周囲は砂が湿っているので区別できる』。『夜に砂浜を徘徊し、動物の死体や藻類などを食べる。また、砂浜に生息する小動物も捕食し、孵化したばかりの』海ガメの『子どもを捕食することもある』。『夜は』、『それほど』、『警戒心は強くないが、昼は非常に警戒心が強く、大きな動くものを見つけると』、『素早く巣穴に逃げこむ。人間が巣に接近すると数十』メートル『離れていても巣穴に逃げこみ、一旦』、『巣穴に逃げこむと物音がする間はまず出てこない。巣穴まで遠い場合などは走って逃げだすが、走るスピードはカニ類トップクラスで、人間の小走りくらいのスピードで砂浜を疾走することができ、急な方向転換などもこなす。波打ち際の濡れた砂までやってくると』、『数秒以内に素早く砂に潜る』。『動きが速く巣穴も深いため捕獲は難しいが、巣穴に長い草の茎や乾いた砂を入れて掘り返すか、波打ち際まで追いこんで砂にもぐった所で捕獲することができる』。『海水浴場などで巣穴を見ることができるが、海洋汚染や砂浜の減少により』、『生息地が減少傾向にある』とある。

「本草」普通、こう言ったら、明の李時珍の「本草綱目」を指すのは、本草学の鉄則だが、ここは以下でダブるところの、貝原益軒の「大和本草」と採るしかない(下方のスナガニに同定したものの冒頭も同じ)。何故というに、「蟹一種」以下に、漢語が示されていないからであり、同巻四十五「介之一」の末尾ひとつ前にある「蟹」の如何にも乏しい記載にも、「豆蟹」も「拳蟹」もありゃせんからである。逆に「大和本草」には、「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蟹(カニ類総論)」中に、

   *

「コブシガニ」は、形、小なり。大なる者〔も〕寸に滿たず。圓〔(まどか)〕にして鱉〔(すつぽん)〕のごとし。背の半〔(なかば)〕に縱の筋〔(すぢ)〕有りて、高く起こる。縫ふごとく、甲、硬(かた)し。はさみ、二つ、あり。足、左右、各(おのおの)五つあり。食ふべし。海濱に生ず。

   *

とある。なお、実は同記載には、見て戴くとわかるが、ぽろっと下方個体の異名「ツマジロ」も出るのであるが、私はそこで現在の異名から「端(褄)白蟹」で、短尾下目ワタリガニ科ヒラツメガニ属ヒラツメガニ Ovalipes punctatus の異名(鉗脚の先端が白いことに由来する)と採ったので、ここでは一致を見ないことからも、下方個体の記事の頭書とは採らないことにした。私の同定作業に無駄な混乱を生ずるからである。

「他識扁」「多識編」本草辞書。林羅山編。全五巻。明の林兆珂が「詩経」中の動植物を分類して注を施した「多識篇」に倣ったもので、「本草綱目」から物の名を抜き出し、万葉仮名で和訓を施したもの。「羅山林先生文集」の「多識編跋」に、「壬子之歲本草綱目を拔き寫して附するに國訓を以てす」とあり、慶長一七(一六一二)年の著述であることが判る。配列は「水部門」から「蔴苧(おま)門」までの部門別。版本に寛永七(一六三〇)年古活字版さ三巻本があるが、翌寛永八年に、諸漢籍から、異名を抜き出して追加し、万葉仮名に片仮名ルビを施し、五巻に仕立て直した整版が出た。以上は国立国会図書館デジタルコレクションの解題・抄録に拠ったが、そこには、当館本は慶安』二年(一六四九)『版で、寛永』八『年版の覆せ彫りである。本草学者白井光太郎の「白井氏蔵書」の印記あり』とあり、当該部はここの三行目からで、総見出しは「※【加仁】」(「※」=(上)「解」+(下)「虫」。「蟹」の異体字)で、五行目下方に(読みは私の推定)、

   *

 比(ヒ)【与豆阿志加仁(よつあしがに)。】

   *

六行目に、梅園が続けて出している、

   *

蟙(シキ)【岐加仁(きがに)。】

   *

があり、七行目に、やはり後に梅園が記すのとよく似た、

   *

蟛蜞(ホウキ)[やぶちゃん注:これのみ原本ルビ。]彭螖(ホウコツ)【古加仁(こがに)。】

   *

とあるのが確認出来る。

「臨海水土記」は宋の趙朴撰になる「臨海水土記」全一巻。早稲田大学図書館「古典総合データベース」にある明の陶宗儀の纂になる佚書の文集「説郛」(正篇・巻第六十二)のここの左丁二行目に、

   *

蘆虎、似彭蜞、兩螯、正赤。不中食。

   *

とあり(最後は思うに「食(しよく)に中(あ)てず」で、「食用にならない」の意味のようである)、この鉗脚が鮮赤色という記載から、「蘆虎」は本種の漢名ではないことが判る。ここで梅園がぐちゃぐちゃ挙げている漢名や異名を云々するつもりはない。梅園は思いつきで無責任それらを並べているだけにしか見えないからである。しかし、敢えて、言っておくと、これは本邦の短尾下目イワガニ上科ベンケイガニ科ベンケイガニ Searmops intermedium 或いはその近縁種と比定してよいと思われる。私の古いサイト版の栗本丹洲「栗氏千蟲譜 巻十(全)」の「蘆虎 猩々ガニ ヘンケイガニ」を見られたい。ここで食用に当てないのは、今も同じで、小型(甲幅三・五センチメートル)で、恐らくは出汁をとるくらいにしか使用出来ないからである。

「閩書」明の何喬遠撰になる福建省の地誌「閩書南産志」。

「金錢蟹」無効。短尾下目キンセンガニ科キンセンガニ属キンセンガニ Matuta victor の和名(漢字表記「金線蟹・金銭蟹」。但し、現代中国語では「頑強黎明蟹・勝利黎明蟹」である)に当てられてしまっている。ウィキの「キンセンガニを見られたい。

『「いぞ〻」【備前。】』この異名、不詳。

「あしわらがに」無効。本和名は短尾下目イワガニ上科モクズガニ科キクログラプスス亜科Cyclograpsinaeアシハラガニ属アシハラガニ Helice triden に与えられてしまっている。ウィキの「アシハラガニ」を見られたい。

「彭螖」「和名類聚鈔」巻十九「鱗介部第三十」の「亀貝類第二百三十八」に(国立国会図書館デジタルコレクション寛文七(一六六七)年版から)

   *

蟛螖(アシハラガニ) 「兼名苑」云はく、『蟛螖は【「彭」・「越」、二音。「楊氏漢語抄」に云はく、『葦原蟹』と。】形、蟹に似て小なり。

   *

とある。中文サイトの画像を見るに、アシハラガニ或いはその近縁種のように見える。

「唐人がに」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のこちらによれば、短尾下目アサヒガニ上科アサヒガニ科ビワガニ属トゲナシビワガニ Lyreidus stenops の異名に「トウジンガニ」「唐人蟹」とある。

「豆がに」現行では小型の蟹類の総称。

「つまじろ」「爪白」の訛りであろう。後注の「魚鑑」の引用を参照。

「とろがに」そのまま出したが(原本は「トロガニ」)、これは河口・干潟の浅海域・汽水域・上部の塩沼に棲息する蟹類(アシハラガニ・ベンケイガニ)類を総称する「泥蟹」であろうと思う。

「魚鑑」江戸時代の外科医武井周作の本草書「魚鑑」(うおかがみ:天保二(一八三一)刊)。国立国会図書館デジタルコレクションのこちらの右丁三行目に(下線は原本では右傍線)、

   *

をがに。此れ、「」なり。俗に「すながに」、一名(めう)「爪(つめ)しろ」、一名「かくれがに」。洲渚沙磧(シウシヨシヤセキ)の處に生ず。

   *

とあり、これはスナガニの同定として評価出来る

「癸巳下春廿有七日」天保四年三月二十七日。一八三三年五月十六日。]

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