萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 ありや二曲
ありや二曲
ゆめみるひと
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えこそ忘(わす)れめや
そのくちづけのあとやさき
流(なが)るゝ水(みづ)をせき止(と)めし
わかれの際(きは)の靑(あほ)き月(つき)の出(で)
×
雨(あめ)落(おち)し來らんとして
沖(おき)につぱなの花(はな)咲(さ)き
海月(くらげ)は渚(みぎは)にきて靑(あほ)く光(ひか)れり
砂丘(おか)に登(のぼ)りて遠(とほ)きを望(のぞ)む
いま我(わ)が身(み)の上(うへ)に
好(よ)しと思(おも)ふことのありけり
[やぶちゃん注:大正二(一九一三)年十月五日附『上毛新聞』に発表された。前の「暮春詠嘆調」の翌日の同紙上である。
・「靑(あほ)」二ヶ所はママ。
・「つぱな」はママ。「つばな」の誤植。前回、注した通り、この「沖につばなの花咲き」というのはちょっと躓く。「つばな」は「茅花」でチガヤの花穂を指すからだが、前の「雨おとし來らんとして」から、海が荒れて白波が立っているのをかく比喩したものと読める。或いはそれを「津花」と洒落たのかも知れぬ。
・「砂丘(おか)」は二字のルビで「おか」はママ。萩原朔太郎自身の原稿ルビであろう。
五月蠅いので、今回は読みで躓く「落(おち)し」の「ち」を外に出し、明白な誤植である「つぱな」を訂し、読みの振れるもの以外を除去した版を示しておく。
*
ありや二曲
×
えこそ忘れめや
そのくちづけのあとやさき
流るゝ水をせき止(と)めし
わかれの際の靑き月の出
×
雨落ちし來らんとして
沖につばなの花咲き
海月は渚(みぎは)にきて靑く光れり
砂丘に登りて遠きを望む
いま我が身の上に
好しと思ふことのありけり
*
「習作集第八巻(愛憐詩篇ノート)」に「ゆく春のうたありや」という草稿があり、その中に、本篇の草稿があるが、前回、既にその全草稿を電子化してあるので、そちらを見られたい。最後の二連が本篇の草稿である。]
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