毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 寄居蟲(ガウナ) / ウミニナの殻に入ったヤドカリ類
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。]
王世愍(わうせいびん)「閩部疏(びんぶそ)」に曰はく、
寄居(キキヨ)
「本綱」及び「大和本草」に曰はく、
寄居蟲(がうな)【順が「和名抄」に「かみな」「かにもり」「やどかり」。琉球に「あんまく」。】
此の者、小螺の貝壳(かひがら)に入りて、寄居(よりゐ)す。故に「やどかり」と云ふ。「寄居(がうな)」は「はだか虫」、海虫なり。然(しか)れども、国俗、此の貝を以つて「やどかり」と云ふ。貌(かたち)、蜘蛛に似たり。
甲午(きのえむま)孟春十一日、眞寫す。
[やぶちゃん注:ビーチ・コーミングではよく拾え、ヤドカリが入っていることも確かに多い、名にし負う腹足綱前鰓亜綱中腹足目オニノツノガイ超科オニノツノガイ科タケノコカニモリ属カニモリガイ Rhinoclavis kochi の殻が知られるが、どうもこの二個ともに緑色をしているというのが、カニモリガイらしくない。カニモリガイは褐色の螺条と褐色斑があるのを特徴とするからである。藻類が付着して緑色になることはあるが、ヤドカリが住み家として運動するならば、寧ろ、それらは剝げるし、二個体ともに全部が緑色というのは不審で、この貝殻は、私は、体色の個体変異が多い、
腹足綱吸腔目カニモリガイ上科ウミニナ科ウミニナ属ウミニナ Batillaria multiformis に入ったヤドカリ類
としたい。そうすると、入っているヤドカリは、生息域がウミニナと共通する、
抱卵亜目異尾下目ヤドカリ上科ヤドカリ科ヨコバサミ属ツメナガヨコバサミ Clibanarius longitarsus
ホンヤドカリ科ホンヤドカリ属ユビナガホンヤドカリ Pagurus minutus
辺りが候補となるか。上の個体のヤドカリが脚に白い線を持っているのを描いている可能性があり、そうだとすると、ユビナガホンヤドカリの可能性が浮上するかも知れない。但し、孰れにせよ、このヤドカリは若い個体である。なお、開口部に見える様子を描いているところから、この二個体のヤドカリは生体と思われる。されば、貝は描かれていても、これは「蛤蚌類」ではなく、前の「水蟲類」に載せるべきであった。
「王世懋」(一五三六年~一五八八年)は明の漢民族出身の政治家で文人。
「閩部疏」「閩」は現在の福建省の広域旧称で、同地の地誌。原文は以下。「中國哲學書電子化計劃」の影印本で起こした。
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寄生最奇、海上枯蠃殼存者、寄生其中、戴之而行、形味似蝦。細視之、有四足兩螯、又似蟹類。得之者不煩剔取、曳之卽出、以肉不附也。炒食之、味亦脆美。天地間何所不有。
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これは中・大形のヤドカリ(ヤドカリ科オニヤドカリAniculus aniculus など)であろう。ここには「寄居」の文字はない。但し、調べているうちに、素敵なページを発見した。中文の「維基文庫」の「欽定古今圖書集成」の「博物彙編」・「禽蟲典」の第百六十四巻だ。これは図入りで素敵だ。「郎君子部紀事」の「寄居蟲圖」もある! その下方に、「閩部疏」が引かれ。「寄生蟲」として、上記の部分が引かれてある。しかしやはり、「寄生」であって、「寄居」ではない。梅園の誤りであろう。
「本綱」巻四十六の「介之二【蛤蚌類二十九種・附一種】」の「寄居蟲」である。何時もの国立国会図書館デジタルコレクションのここを参考に訓読する。
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寄居蟲【「拾遺」】
釋名 寄生蟲
集解【藏器曰はく、陶、「蝸牛」に註して云はく、『海邊に有り、大いさ、蝸牛(かたつむり)に似たり。火にて炙れば、殻より、便(すなは)ち、走り出だす。之れを食へば、人に益あり。按ずるに、寄居(ききよ)、螺殻の間に在り、螺に非ざるなり。螺蛤(らごふ)の開(くちあ)くるを候(まちさふら)ふて、卽ち、自(おのづか)ら出でて、螺蛤を食ふ。合(あは)さんと欲すれば、已に殻の中へ還る。海族、多く、其れに寄せらる。又、南海の一種、蜘蛛に似て、螺殻の中に入りて、殻を負ひて、走る。之れに觸るれば、卽ち、縮みて螺のごとし。火にて炙れば、乃(すなは)ち出づ。一名「蝏」。别に、功用、無し。時珍曰はく、案ずるに、孫愐(そんめん)云はく、「寄居、龜の殻の中に在る者を、名づけて、「蝞則寄居(びそくききよ)」と曰ふも、亦、一種に非ざるなり。】
氣味【缺】。
主治 顏色を益し、心志を美(うるは)しくす【弘景。】。
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ここで言っている、「蝞則寄居」というのは、恐らく、カメの頸や手足に吸着寄生するヒルの一種である環形動物門有帯綱吻蛭(ふんてつ)目エラビル科エラビル属ヌマエラビルOzobranchus jantseanus のことを言っているものと思う。
「大和本草」私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 寄居蟲(カミナ/ヤドカリ)」を参照。
『順が「和名抄」に「かみな」「かにもり」「やどかり」』「倭名類聚鈔」巻十九の「鱗介部第三十」の「龜貝類第二百三十八」に(何時もの国立国会図書館デジタルコレクションのここを視認した)、
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寄居子(カミナ) 「本草」に云はく、『寄居子【和名「加美奈(かみな)」。俗、「蟹」・「蜷」の二字を假(か)り用ふ。】は、貌(かたち)、蜘蛛に似たる者なり。』と。
『琉球に「あんまく」』現行、沖縄方言では、異尾下目ヤドカリ上科オカヤドカリ科 Coenobitidaeのオカヤドカリ類の総称、或いは、同科ヤシガニ属ヤシガニ Birgus latro の古称として用いている。小野蘭山の「本草綱目啓蒙」の「寄居蟲」に「アマン」とあるが、梅園の表記「アンマク」は現代の音写表記と同じである。ちょっと見直したぞ! 梅園先生!
「甲午(きのむま)孟春十一日」天保五年一月十一日。グレゴリオ暦一八三四年二月十六日。]
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