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2022/02/08

毛利梅園「梅園介譜」 龜鼈類  龜(亀の総説と一個体) / ニホンイシガメ

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。尻尾のごく先が図から外れて欠損しているのが、ちょっと惜しい。なお、以下の「龜」相当の字は異様に異体字が多く、表記出来ないものも多いが、ほぼ「龜」に近いと、文脈から判断したものは、「龜」で表記した。]

 

Isigame

 

「本草綱目」第巻四十五、

    龜

 

時珍曰はく、甲蟲、三百六十にして、神亀、之れが長たり。亀、形、「離」に象(かたど)る。其の神、坎(カン)に在り。上(うへ)、隆くして、文(もん)あり。以つて、天に法(のつと)る。下、平らかにして、理(ことわ)りあり。以つて、地に法る。隂を背に、陽に向く。蛇の頭(かしら)、龍の頸(くび)、外骨・内肉・腸、首に屬(しよく)し、能く任脉(にんみやく)を運び、廣き肩[やぶちゃん注:「廣」は「唐」にしか見えないが、「本草綱目」原本で訂した。]、大いなる腰、卵生(らんしやう)にして思抱(しはう)す。其の息、耳を以つてし、雌雄、尾にて交(まじはり)す。亦、蛇と匹(なかま/まじはり)す。春夏を以つて蟄(ちつ)を出で、甲を脱す。秋冬は穴に藏(かく)れ、導引(だういん)す。故に、靈(れい)にして、多く、壽(じゆ)たり。」と。

 

「兼名苑」に云はく、

   * 一名「※」【「かめ」・「うみがめ」。】

[やぶちゃん注:「*」=「龜」の上部の「ク」の字型部分と、その下の「罒」を除去し、そこに「ノ」+「口」を載せた字体。「※」=(上:「主」+「攵」)+(下:「龜」-《上部の「ク」の字型部分を除去したもの》)。孰れも読み不明。]

「玉篇」に云はく、

   ★☆【「おほがめ」。】。大亀なり。

[やぶちゃん注:「★」=(上:「元」)+(下:「龜」-《上部の「ク」の字型部分を除去したもの》)。「☆」=(上:「獸」-「犬」)+(下段:「龜」-《上部の「ク」の字型部分とその下の「罒」を除去したもの》)。読み不明。]

「爾雅」に云はく、

   攝*(セツキ) 一名「陵*(リヤウキ)」【小亀なり。】

「本草」に云はく、

   秦*(シンキ) 一名「蟕蠵(シケイ)」【「いしがめ」。】

   陶隱居、注に云はく、『此れ、山中の龜なり。』と。

 

 

    龜

「大和本草」に曰はく、『古(いにしへ)の「亀卜(きぼく)」は、腹の板を用ひ、荊(いばら)を以つて、やく。其の文(もん)によりて、吉凶を知る法。あり。』と。

本邦、往々、亀の背の上の甲を以つて亀甲(きつかう)と爲(な)す。今、數書を考ふるに、决(けつ)して、腹の下の版を以つて亀甲と爲すべし。

「本草」又、『「敗龜板(はいきばん)」と稱す。亀甲も亀板も同物なり。大明、曰はく、『卜亀(ぼくき)、小にして、腹の下、曽(かつ)て鑽〔(さん)〕すること、十[やぶちゃん注:「ヲ」にしか見えないが、原本に当たり、訂した。]遍なる者は、「敗亀」と名づく。藥に入る。』と。亀の背腹・上下共に、「甲」と』云〻。『則ち、「甲」は腹の下の板なり。「敗亀板」とは龜卜(きぼく)に久しく用ひたる腹下の板を云ふ』。『背の殻には非ず』と。

『蘓頌、曰はく、『殻、圓(まる)く、板、白き者は「陽亀」なり』と。』と。

 

『亀の尿〔(いばり)〕を用ひて、石に文字を書けば、墨、石中に深く入りて、數百年を歴(へ)ても、滅(き)えず。尿を取る法は、朱にて塗(ぬ)りたる平折敷(ひらをしき)に亀を置き、其の影、朱折敷にうつるを見れば、尿、出だす。時珍、「食物本草」の註に、亀を荷葉(はすのは)の上に置けば、尿、出だす。』と。

◦『亀の尿、印肉(いんにく)に和し、數(す)十枚の紙の上より印を押せば、一判、數十枚、通る』云〻。

 

甲午(きのえうま)八月廿六日、捕へ、庭園にて、眞写す。

 

[やぶちゃん注:これは、日本固有種である半淡水棲の陸カメである、

爬虫綱カメ目潜頸亜目リクガメ上科イシガメ科イシガメ属ニホンイシガメ Mauremys japonica

である。現在、多くの外来種が人為的に放たれて、遺伝子プールが攪乱され、亜種も生じてしまっているが、本来の日本固有種は、このニホンイシガメと、イシガメ科ヤマガメ属リュウキュウヤマガメ Geoemyda japonica の二種のみである。ニホンイシガメの分布は、当該ウィキによれば、本州・四国・九州・隠岐諸島・五島列島・対馬・淡路島・壱岐島・佐渡島・種子島(この分布の一部(特に島嶼)には人為移入された可能性のあるものも含まれる)。なお、以上の固有種二種、及び、固有亜種(ヤエヤマイシガメ(ヤエヤマミナミイシガメ)Mauremys mutica kami )・外来亜種・外来種との交配雑種などは、「神畑養魚株式会社」公式サイト内の「日本固有種は2種のみ ニホンイシガメと日本の淡水ガメたち」が写真も多く、解説も優れて詳しいので、お薦めである。

 以下、図と比較するため、当該ウィキの一部を引く。『最大甲長』は二十二『センチメートル』に達し、♂よりも♀の方が大型になる性的二型で、♂は最大でも甲長十四・五センチメートルである。『椎甲板』(カメの背甲の中央に一列に並ぶ鱗板(りんばん))『に断続的に瘤状の盛り上がり』(キール:keel)『がある』。『後部縁甲板の外縁はやや鋸状に尖るが、老齢個体では不明瞭になる』。『背甲の色彩は橙褐色、黄褐色、褐色、灰褐色、暗褐色などと個体変異が大きく、一部に黄色や橙色の斑紋、暗色斑が入る個体もいる』。『背甲と腹甲の継ぎ目(橋)の色彩は黒や暗褐色一色』。『喉甲板は』、『やや突出して反り上がり、左右の喉甲板の間に浅い切れこみが入る』。『左右の肛甲板の間に切れこみが入る』。『腹甲の色彩は黒や暗褐色一色だが』、『腹甲外縁に黄色や橙色の斑紋が入る個体もいる』。『頭部はやや小型』で、『吻端は』、『やや突出し、上顎の先端は鉤状に尖ったり』、凹んだりはしない。『後頭部側面も『細かい鱗で覆われ』てはおらず、『咬合面は狭く、隆起や突起がない』。『頭部の色彩は黄褐色や暗黄色・褐色で』、『側頭部に不明瞭な黒い斑紋が入る』。『四肢はやや細く、前肢前面には丸みを帯びた大型の鱗が重ならずに並』んでいる。『指趾の間には』、『指趾の先端まで』蹼(みずかき)が発達している。『尾は長い』。『四肢や尾の色彩は黒や暗褐色で』、『四肢や尾の一部が黄色や橙色になる個体もいる』(本図の特徴と一致する)。『卵は平均で長径』三・六『センチメートル、短径』二・二『センチメートルの楕円形』を成す。『孵化直後の幼体は甲長』二・五~三・五『センチメートル』で、この『幼体の形態が「銭」のように見えることが別名であるゼニガメの由来となっている』(これこそが江戸時代の正統な唯一の「ゼニガメ」であるので注意! 現行の夜店で売られている「ゼニガメ」は外来種のイシガメ科イシガメ属クサガメ Mauremys reevesii であり、これが無責任に放たれて蔓延り、イシガメとの雑種さえ生まれてしまったのである)『また』、『椎甲板と肋甲板』(背甲の主要な鱗板で、椎甲板の両側にある)に三『本ずつキール(肋甲板は断続的)があるが、成長に伴』って『消失する』。『幼体や』♂『の成体は背甲が扁平で』あるが、♀『の成体は背甲がややドーム状に盛り上がり幅広い』(本図は比較対象物がないので確かには言えないが、個体かとも思われなくもない)。♂『の成体は腹甲の中央部がわずかに凹む個体もいるが』、♀『は腹甲の中央部がわずかに突出する』。♂『は尾が』、『より太いうえに長く、尾をまっすぐに伸ばした状態では総排泄口全体が背甲の外側にある』。♀『は尾をまっすぐに伸ばしても』、『総排泄口の一部が背甲よりも内側にある』とある。

「本草綱目」第巻四十五……」「漢籍リポジトリ」の同巻「介之一【龜鱉類一十七種。附二種。】」の冒頭の「水龜」の「集解」からの部分引用。

「甲蟲、三百六十にして」この添えた「四」だが、「本草綱目」は「三百六十」種である。これは、後に引く「和名類聚鈔」の亀の項にある数値を出したものである。

『亀、形、「離」に象(かたど)る』は解字ではなく、甲羅の模様から「離」(「合わさったものが、それぞれが分れて見える」こと、或いは「分離したものが合わさっていること」の意がある)を連想したものか。

「坎(カン)」「易経」の八卦の一つ。「水」・「悩み」などを表わす。因みに、「坎」には「穴」の意があり、カメのライフ・スタイルとの相性もいい漢字でもある。

「上(うへ)、隆くして、文(もん)あり。以つて、天に法(のつと)る。下、平らかにして、理(ことわ)りあり。以つて、地に法る。」これは漢代には成立していた中国の宇宙観である「天円地方」(天道は円であり、地道は方であるとするもの)を意識したものであろう。天と地との間を仲立ちするものが、「地」を這うカメの甲羅の「円」に象徴されたものと思われ、古くからカメは祭器にデザインされ、亀卜もその関係から生じたものと考えられている。

「蛇の頭(かしら)、龍の頸(くび)、外骨・内肉・腸、首に屬(しよく)し、能く任脉(にんみやく)を運び」頭の「蛇の頭(かしら)、龍の頸(くび)」は「なるほど!」と合点する。この首に身体は「屬」し(器官として付随する)、身体の前正中線を流れる重要な経絡である「任脉」と連絡するというのである。

「卵生(らんしやう)にして思抱(しはう)す」これはちょっと判り難いが、卵生であるが、その卵を実際に抱いて温めて孵化させるのではなく、思念を卵に送り、遠隔で抱卵するという驚きの法を言っているものである。これは霊獣クラスでは当たり前で、「本草綱目」の巻四十三の「鱗之一」の冒頭に配された「龍」にも、「集解」で「龍卵生思抱雄鳴上風雌鳴下風因風而化釋典云龍交則變爲二小蛇」(龍は卵生にして思抱す。雄、上風に鳴き、雌、下風に鳴く。因つて風くて化(か)す。「釋典」に云はく、『龍の交れば、則ち、變じて二つの小蛇と爲(な)る。』と。)とあるのである(「漢籍リポジトリ」のこちらを参照)。

「蛇と匹(つがひ)す」カメがヘビと交尾するというのは、中国で古くに信じられていた異類交尾である。

「導引(だういん)」道家で行なう一種の養生法。古くから現在まで行われている。大気を体内に引き入れて、これにより、心を静め、欲を制する長生法を指す語。

「兼名苑」唐の釈遠年撰とされる字書体語彙集だが、散佚して現存しない。ここは実は源順の「和名類聚鈔」の巻十九の「鱗介部第三十」の「龜貝類第二百三十八」の以下の受け売りである。国立国会図書館デジタルコレクションの寛文七(一六六七)年の板本のここを見られたい。

   +

*(カメ) 「大戴禮(だいたいれい)」に云はく、『甲虫、三百六十四。神*【「居」「追」の反。和名「加米」。】は之れが長たり。』と。「兼名宛」に云はく、『亀。一名「鼇」【音「敖」。「漢語抄」に云はく、『「宇美加米(うみがめ)」』。】。』と。

   +

(「*」=「龜」の上部の「ク」の字型部分と、その下の「罒」を除去し、そこに「ノ」+「口」を載せた字体)「大戴禮」は中国の経書。全八十五編であったが、そのうち三十九編が現存する。前漢の戴徳撰。漢代以前の諸儒学者の礼説を集成したもの。

「玉篇」中国の字書。梁の顧野王撰。全三十巻であったが、散佚し、八・九・十八・十九・二十二・二十四・二十七巻の七巻の写本が日本に現存する。体裁は「説文」に倣い、一万六千九百余字を、字形によって五百四十二部門に分類し、経書や、その注釈書類をもとにして意味を明らかにしたもの。中国では原本は早く失せ、宋代に陳彭年らの増補による「大広益会玉篇」が刊行され、流布した。

「攝*」「陵*」「攝龜」は寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」では、「へびくいかめ」(ママ)の和訓を与え、そこで私は「?」を附した上で、イシガメ科マルガメ属Cyclemys の仲間、又は同属のノコヘリマルガメCyclemys dentata を候補とした。マルガメ属の模式種であるが、日本・中国には棲息しない(但し、中国では食用にする)。

「秦*」「蟕蠵(シケイ)」梅園は「いしがめ」の和名を両者に与えているが、問題がある。「秦龜」は私は「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」では、イシガメに比定したが(中国にはイシガメ属は複数種が棲息する)、「蟕蠵」は現在は潜頸亜目ウミガメ上科 Chelonioidea の大型のウミガメ類を指す熟語のようである。「本草綱目」でもウミガメ類の記載に多く出る(「蟕蠵」で検索をかけられたい)。

「陶隱居」「本草綱目」によく引かれる六朝時代の医師で本草学者道士の陶弘景。

『「大和本草」に曰はく……』以下は、概ね「大和本草卷之十四 水蟲 介類 龜(イシガメ)」からの引用である。そちらの私の注を参照されたい。「大和本草附錄巻之二 介類 龜の尿を採る法 (カメの尿で磨った墨は石に浸透するとされた)」でも益軒は尿の効用を志度、述べている。

「◦『亀の尿、印肉(いんにく)に和し、數(す)十枚の紙の上より印を押せば、一判、數十枚、通る』云〻」この部分、書き方から引用であることは判るが、引用元は定かではない。「大和本草」ではない。引用検証は続ける。

「甲午(きのえうま)八月廿六日」天保五年。グレゴリオ暦一八三四年九月二十八日。

「捕へ、庭園にて、眞写す」ここは或いは、「庭にて捕へ、園」(=梅園)、「眞写す」かも知れない。]

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