萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 光る風景
光る風景
靑ざめしわれの淫樂われの肉、
感傷の指の銀のするどさよ、
それ、ひるも偏狂の谷に淚をながし、
よるは裸形に螢を點じ、
しきりに哀しみいたみて、
おみなをさいなみきづつくのわれ、
ああ、われの肉われをして、
かくもかくも炎天にいぢらしく泳がしむるの日。
みよ空にまぼろしの島うかびて、
樹木いつさいに峯にかゞやき、
憂愁の瀑ながれもやまず、
われけふのおとろへし手を伸べ、
しきりに齒がみをなし、
光る無禮(ぶらい)の風景をにくむ。
ああ汝の肖像、
われらおよばぬ至上にあり、
金屬の中にそが性の秘密はかくさる、
よしわれ祈らば、
よしやきみを殺さんとても、
つねにねがはくば、
われが樂慾の墓塲をうかがふなかれ、
手はましろき死體にのび、
光る風景のそがひにかくる。
ああ、われのみの、
われのみの聖なる遊戯、
知るひととてもありやなしや、
怒れば足深空に跳り、
その靴もきらめききらめき、
淚のみくちなはのごとく地をはしる。
[やぶちゃん注:大正三(一九一四)年十月号『詩歌』に発表された。「おみな」「きづつく」はママ。底本には草稿指示はない。]
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