萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 决鬪
决鬪
空(そら)と地(つち)とは綠はうまる、
綠をふみてわが行くところ、
靴は光る魚ともなり、
よろこび樹蔭におよぎ、
手に輕き薄刄(やいば)はさげられたり。
ああ、するどき薄刄(やいば)をさげ、
左手をもつて敵手(かたき)に揖す、
はや東雲(しののめ)あくる楢の林に、
小鳥うたうたひ、
きよらにわれの血はながれ、
ましろき朝餉をうみなむとす。
みよ我がてぶくろのうへにしも、
愛のくちづけあざやかなれども、
いまはやみどりはみどりを生み、
わがたましひは芽ばへ光をかんず、
すでに伸長し、
つるぎをぬきておごりたかぶるのわれ、
おさな兒の怒り昇天し、
烈しくして空氣をやぶらんとす、
土地(つち)より生るゝ敵手のまへ、
わが肉の歡喜(よろこび)ふるへ、
感傷のひとみ、あざやかに空にひらかる。
ああ、いまするどく鋭刄(やいば)を合せ、
手はしろがねとなり、
われの額きづゝき、
劍術は靑らみついにらじうむとなる。
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。一行目「空(そら)と地(つち)とは綠はうまる、」はこなれない表現で、校訂本文は「空(そら)と地(つち)とは綠にうまる、」とする(但し、以下の草稿断片ではママである)。「芽ばへ」「おさな兒」「きづゝき」「ついに」はママ。
・第二連末の「ましろき朝餉をうみなむとす。」というのは、「自然と大気が、最上の朝餉として、まさに私に与えられようとしている。」といった換喩表現であろう。
底本の『草稿詩篇「拾遺詩篇」』に第一連の草稿原稿断片が載る。以下に示す。「さげらたり」はママ。「※」は「刅」の右の「ヽ」のない「刃」「刄」の異体字。
*
決鬪
空と地とは綠(みどり)はうまる
綠をふみてわがゆくところ
靴は光る魚となり
歡喜(よろこ)び樹蔭におよぎ
手に輕き※利※(やいば)はさげらたり
*]
« 萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 畑 | トップページ | 萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 感傷の塔 »