萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 感傷の塔
感傷の塔
塔は額にきづかる、
螢をもつて窓をあかるくし、
塔はするどく靑らみ空に立つ、
ああ我が塔をきづくの額は血みどろ、
肉やぶれいたみふんすゐすれども、
なやましき感傷の塔は光に向ひて伸長す、
いやさらに伸長し、
その愁も靑空にとがりたり。
あまりに哀しく、
きのふきみのくちびる吸ひてきづゝけ、
かへれば琥珀の石もて魚をかこひ、
かの風景をして水盤に泳がしむるの日、
遠望の魚鳥ゆゑなきに消え、
塔をきづくの額は研がれて、
はや秋は晶玉の死を窓にかけたり。
[やぶちゃん注:大正三(一九一四)年十月号『詩歌』に発表された。「ふんすゐ」「きづゝけ」はママ。底本の『草稿詩篇「拾遺詩篇」』に無題の草稿原稿断片が載る(『(本原稿三種三枚)』とあるから、その内の一種のみが活字化されている)。以下に示す。歴史的仮名遣・誤字は総てママ。
*
○
なやみの→感傷の晶玉の塔は額にきづかる
塔はなやみの胸
窓には→塔は螢をもて照 明るくし窓を明るくし
わが塔はいや高くするどく靑くらみて額に立つ空にきづかる
ああわがやるせなき感傷の□塔 は を立つるの日
ああ塔を立つるの額は血みどろ
肉いたみやぶれ、いたみふんすゐすれども
なやましき
わが 感傷の塔は光に向ひ伸長す、
やるせなき
いやさらに愁空に愁ひはとがりたり
われあまりにかなしく
きのふきのきみのくち吸ひてきづゝけ
哀しくなりて山を おりしも→下れば くだりしが
かへれば琥珀の石をもて魚をかこひ
かの風景をして水盤に洗がしむるたはむれも われはさびしやの日
遠望の魚鳥すべて故なくさえ
塔をきづくの額はとがれて
はや秋は晶玉の姿を水に→うれひをひやゝかに
┃ 窓にかく。
┃淚を
┃ つめたくうつす。
┃ つめたくうつせり。
┃光を
┃ うつしいだせり。
*
最後の「┃」は私が附したもので「淚を」で始まる二候補、「光を」で始まる二候補が併置残存していることを示す。]
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